Therefore I Am
世界一有名な妹の兄……というだけでは終わらない。シンガー、プロデューサー、ソングライター、俳優などマルチな才能を持つフィニアスがついに自分自身のフル・アルバム『Optimist』を完成させた!

 セカンド・アルバム『Happier Than Ever』も予想通りの世界的なヒットを記録したビリー・アイリッシュ。主題歌“No Time To Die”を提供した映画「007 /ノー・タイム・トゥ・ダイ」もようやく公開されて、彼女の声を聴く機会がまた多くなっている昨今だが、同曲も含めてビリーの作品をすべてプロデュースする唯一のコラボレーターこそが実兄フィニアス・オコネルである。妹の輝かしい実績も手伝って、すでに8つのグラミーを獲得している彼ながら、その名声がすべてビリー・アイリッシュの威光に寄りかかったものでないのは言うまでもない。97年に生まれた彼は妹の飛躍も相まって、カミラ・カベロやセレーナ・ゴメス、ホールジー、JPサックス、デミ・ロヴァート、トーヴ・ロー、レノン・ステラ、セレステ、ガール・イン・レッド、ジャスティン・ビーバー……と幅広いアーティストの作品でプロデューサー/ソングライターとして成果を残している。

 そうした華々しい実績が積み上がっていく一方で、ソロ・アーティストとしてのフィニアスは楽曲にパーソナルな思考を落とし込み、よりマイペースな形での活動を望んでいるようにも思えた。それでもバラードの“Break My Heart Again”(2018年)やダンサブルでキャッチーな“Let's Fall In Love For The Night”(2019年)などのヒットが続き、本人の弁によると「プロデューサーをしていると自分自身の音楽に取り組む十分な時間がない。それに僕にはボスがいないので、アルバムを作れと急かすような人はいない。だから、コロナをきっかけに自分の音楽に集中することにしたんだ」とのことで、満を持してようやく登場したのが初のフル・アルバム『Optimist』である。

 これまでフィニアスのプロデュースの技量や個性は、トラックやメロディーを作ること以上に、絶妙にアトモスフェリックな歌声の録り方や空間処理に発揮されてきたように思うが、本人の楽曲となれば、そこに個人的なストーリーテリングと伸びやかな歌い口に任せたメロディーメイクが加わる。アルバム冒頭を飾るアコースティックな“A Concert Six Months From Now”は恋人のためにフリート・フォクシーズの半年先のライヴチケットを購入した際の思い出を歌ったもの。〈半年先もまだ一緒にいられると思うなんて、本当に楽観的だな〉という本人の思いは、〈楽観主義者〉を意味するアルバム・タイトルにも直結する。

 もともと幼い頃から世界の終わりを心配したり、人間の存在意義について考えてばかりいたというフィニアスだが、自身のマインドを楽天的に保つことで周囲や世界への感謝の気持ちをより強く持つようになり、将来を不安がることなく音楽に打ち込めるようになったそうだ。その心持ちは今回の『Optimist』にも大きく反映されていて、本人いわく「2020年は悲観的でネガティヴな話題が多いから、かなり不安になったけど、それでも前向きに考えようと思った。仮にうまくいかなかったとしても、一生懸命がんばらなかったことを後悔していたと思う」とのこと。困難な状況でも感情をポジティヴな方向へ振り切る発想が、アルバムの完成型を美しいものへと導いたのは想像に難くない。ともすれば流行を作る先進的なクリエイターのように捉えられてしまうフィニアスだが、ピアノやギターを起点にトラディショナルな作り方をすることが多いという彼の楽曲にはどこか古典的なスタンダード・ナンバーのような雰囲気も漂っている。どこを切っても愛に溢れた親しみやすい『Optimist』の魅力はそんな基本的な部分にあるのではないだろうか。