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世界を熱狂させた初作から2年半、時代や世代の顔として怒涛の日々を過ごしてきたビリー・アイリッシュ。〈最高に幸せ〉な新作に至るまでの足取りを振り返ってみよう

華やかな〈変身〉

 2020年1月、第62回グラミー賞の晴れ舞台で主要4部門を含む全5部門を受賞したビリー・アイリッシュ。18歳で主要4部門を制覇するのは、もちろん史上最年少のことだし、女性としても初の快挙。両腕いっぱいにトロフィーを抱えて微笑む少女の姿に〈とんでもない才能が現れたものだ〉と感嘆した人は多かったに違いない。と同時に、こんなに若くして人生のピークを味わわせてしまうとは〈なんて音楽業界って無慈悲なんだろう……〉と、薄ら寒く感じたのは筆者だけでなかったはずだ。とはいえ、そんな心配など余計なお世話。なぜなら彼女は、驚くべき速さで進化を遂げているから、すでに次章へ向かって確かな歩みを進めているからだ。

 屈折しているようで、実はまっすぐ。内向的かと思えば、気さくでフランク。繊細だけど、豪快。ボーイッシュなのにフェミニン。アンチ・ファッションのようでいて、オシャレに敏感でブランド物も大好き。あらゆる相反と異分子を内包しているビリー・アイリッシュという存在。他者のダイバーシティやインクルージョンを受け入れるのは当然ながら、自身の中でもそれらが共存する。ひとつのパターンやジャンルには括れない、直感的で流動的な生き方が魅力的だ。Z世代の代弁者とされる彼女は同世代からの支持をガッチリ掴んで、社会現象を生み出した。

 2019年3月にリリースされたファースト・フル・アルバム『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』には、鬱や自殺といったメンタル・ヘルスについてや、傷心、薬物、飲酒に関してなど、いわゆるネガティヴでヘヴィーな事柄、心情がストレートに綴られていた。怒りに任せて喚き散らしたり、泣き叫ぶのではなく、淡々と。自身の奥深くに潜む感情を確かめつつ、ひとつひとつ押し出すかのように歌われていた。極めてパーソナルではあるけれど、〈どうして私達ってこうなんだろう?〉といったジェネレーション的な疑問も渦巻いていた。もちろん彼女のシグネチャー・ソング“Bad Guy”の呪術的で病みつきになるビートや、その中で彼女が発した〈Duh〉(=〈当然じゃね?〉〈大丈夫?〉といった意味)という、いかにも現代っ子的が口走りそうなフレーズが痛快そのもの、リアリティーに溢れていた。

 そんな彼女が〈変身〉を高らかに宣言したのは、今年のグラミー賞直後のことだった。2021年3月の第63回グラミー賞でも、前年度に引き続き大健闘を繰り広げたビリー。新たに発表されたシングル“everything i wanted”、“No Time To Die”(コロナのせいで延び延びになっている映画「007 ノー・タイム・トゥ・ダイ」のテーマ・ソング)の2曲で受賞。その数日後にはブロンド・ヘアのニュー・ルックを公表した。それまでのグリーン&ブラックの髪型が、すっかり彼女のスタイルとして定着していたが、実はブロンドになってからも、ずっとウィッグを被ってその〈変身〉を隠していたという。さらに雑誌のグラビアにおいても〈変身〉を披露。彼女のトレードマークとも言えるオーヴァーサイズのファッションを脱ぎ捨てて、身体にピタッとフィットした妖艶でグラマラスな出立ちでカメラの前に立ち驚かせた。その変貌ぶりは、4月に発表された先行シングル“Your Power”や6月の“Lost Cause”のMVからも窺える通り。特に後者の映像では、仲良し女子のパジャマ・パーティーらしき設定下で、セクシーに身をよじらせる彼女がそこにいる。別れた元彼への当て付けソングとはいえ、これまでのダークで俯き加減だったイメージからは想像できないほど自信に満ち溢れ、華やかなオーラに包まれている。そして発表されるセカンド・アルバムのタイトルは『Happier Than Ever』。〈いつになく最高に幸せ〉なんて、彼女流の皮肉なのかと思えば、どうやらそうではないらしい。

 

これまでになかったほど幸せ

BILLIE EILISH 『Happier Than Ever』 Darkroom/Interscope/ユニバーサル(2021)

 ビリーいわく「私の周りのすべてが上手く回っている。これまでになかったほど幸せよ」と本国のインタヴューで明かしている。精神的にも安定し、あえてダボダボのファッションで覆ってきた自身の体型に関してもようやく自信が持てるようになったという。配信中のドキュメンタリー映画「ビリー・アイリッシュ:世界は少しぼやけている」でも窺えたレコード会社からのプレッシャーは、新作の制作においては皆無。自由に音楽制作に臨めたことも大きく影響しているそうだ。兄のフィニアスが全面的にプロデュースと共作で関わっているのは、前作と同様だ。

 ファースト・アルバムにそれまでの音楽人生のすべてが反映されるとすれば、続くセカンド・アルバムまでの成長や経験値は、あまりにも限られている。初作が大当たりした後、2枚目で躓くアーティストが多いのはそのせいだとよく言われるが、ビリーとフィニアスの兄妹に関しては、その心配は無用と言えそうだ。23歳と19歳という若さにもかかわらず、これまで蓄積された音楽経験が半端なく豊富な2人には、まだまだ発揮されていない音楽性がたっぷり秘められている。共に俳優で音楽家だった両親の下で、幼い頃から音楽に囲まれて育っている。ホームスクールにおいてはソングライティングなども学んできた。例えはビリーは、アリアナ・グランデ、フィービー・ブリジャーズやフランク・オーシャン、ジェイムズ・ブレイクといった自分世代の音楽を愛していると同時に、両親の影響でビートルズやリンキン・パークなどもっと上の世代の音楽も聴き込んできた。意外かもしれないが、ブリトニー・スピアーズやアヴリル・ラヴィーンといったポップ系のメインストリームもしっかり通っている。ジャスティン・ビーバーの熱狂的ファンというのは、よく知られているところだろう。そんな幅広いリッチなバックグラウンドの下で育まれたビリーの音楽性。早くからエルトン・ジョンやデイヴ・グロールらから絶賛され、フィオナ・アップルの再来と言われてきたのも、至極納得かもしれない。

 さまざまな苦悩や不安、生き辛さが赤裸々に描かれたファースト・アルバムから一転、いきなり〈最高に幸せ〉と言われても困るファンは多いだろう。だが、そんなことお構いなしに、ビリーはセカンド・アルバム『Happier Than Ever』で著しい成長ぶりを見せつける。これが彼女の現在進行形の歌とサウンド、心情なのだ。10代最後の夏、ブロンドになった彼女は何を思い、何を見つめているのだろうか。

ビリー・アイリッシュの作品。
左から、2017年のEP『dont smile at me』、2019年のアルバム『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』、2020年のシングル“No Time To Die”(すべてDarkroom/Interscope)

 

『Happier Than Ever』と一緒に聴いておきたいフィニアス兄さんの華麗な仕事遍歴

CAMILA CABELLO 『Romance』 Syco/Epic/ソニー(2019)

同世代の歌姫によるヒット作品にフィニアスは2曲で参加。ジョーダン・レイノルズと共同プロデュースした“First Man”は父親に捧げられたピュアな歌世界をピアノ主体のシンプルな意匠で支えるもの。もう1曲“Used To This”ではヴォーカル・プロダクションを担当している。

 

SELENA GOMEZ 『Rare』 Interscope/ユニバーサル(2020)

ビリー・アイリッシュがブレイクするなかで裏方としてのフィニアスが関わった大仕事の筆頭はセレーナ2019年の大名曲“Lose You To Love Me”だろう。プロデュースはマットマン&ロビンながらシンセやストリングスを加えたフィニアスの役割は彼の他の仕事と比べれば明白だ。

 

HALSEY 『Manic』 Capitol/ユニバーサル(2020)

レノン・ステラやブルーノ・メジャーに曲提供するなど多様な作品でクレジットを見るようになったこの時期のフィニアスは、こちらのヒット作にも参加。リドが制作した“I Hate Everybody”にて鍵盤とプログラミングを担当し、世代を選ばないオーセンティックな聴き心地に寄与している。

 

FINNEAS 『Blood Harmony (Deluxe Edition)』 OYOY/AWAL(2019)

前年のヒット“Let’s Fall In Love For The Night”など、フィニアスのシンガー・ソングライターとしての第1集となったEP。シアトリカルなショウビズ感や伝統的なポップス作法を踏まえてモダンに響かせるセンスと歌心が快い。フィジカル化もされたデラックス・エディションには2曲を追加。

 

KID CUDI 『Man On The Moon III: The Chosen』 Wicked Awesome/Republic(2021)

奇才ラッパーが10年ぶりに放ったシリーズ第3弾。全編を主役と腹心ドット・ダ・ジーニアスが手掛けているが、スペイシーで神秘的なイントロ“Beautiful Trip”ではフィニアスも共同プロデューサーに名を連ねている。そのトラックを下地にした幻想的な“Sept. 16”も聴きどころ。

 

JP SAXE 『Dangerous Levels Of Introspection』 Arista(2021)

トロントのシンガー・ソングライターによる初フル・アルバム。ここにも収録のグラミー・ノミネート曲“If The World Was Ending”はもともと前年のEP『Hold It Together』の先行カットだった2019年のシングル。厳かなサウンドメイクはプロデュースを手掛けたフィニアスによるもの。

 

JUSTIN BIEBER 『Justice』 Schoolboy/Def Jam/ユニバーサル(2021)

ビリー・アイリッシュともコラボしたジャスティンは、ベニー・ブランコとの連名による真摯でエモーショナルなバラード“Lonely”の共同プロデューサーにフィニアスを抜擢。歌と言葉を立てるピアノとアンビエンスのみの簡素な音空間は多くのフィニアス仕事に共通するものでもある。

 

ASHE 『Ashlyn』 Mom + Pop(2021)

カリフォルニアのシンガー・ソングライターがビッグ・テイストと完成した初のアルバム。2019年のヒット“Moral Of The Story”(ここにも収録)ですでに絡んでいたフィニアスは、トラディショナルで情熱的な“Till Forever Falls Apart”を共同制作してデュエット相手も務めている。

 

girl in red 『if i could make it go quiet』 World In Red/ASTERI ENTERTAINMENT(2021)

独自のベッドルーム世界を創出してきたノルウェーのシンガー・ソングライターの、全英7位を記録した初アルバム。幕開けのヒット・チューン“Serotonin”のプロダクションにはフィニアスが関与し、彼女自身の作法とも違和感なく馴染むビートに今風のスケール感を与えている。