東京音楽コンクール入賞者を中心とした現在のクラシック音楽シーンで活躍中のメンバーが揃う室内オーケストラのパフォーマンス、聴き逃せない一夜

 最近でいえば、篠崎史紀率いるマロオケ、矢部達哉率いるトリトン晴れた海のオーケストラといった、所属の垣根を超えて結成された室内オーケストラが識者のあいだで評判となって公演のたび、にわかにSNSを賑わせたりしている。大編成であれば基本的には常設の管弦楽団に強みがあるけども、室内管弦楽の場合は意外と、臨時編成によるオールスターの顔ぶれで想像を超えるような素晴らしいパフォーマンスを発揮することがある。それは、人間関係やパワーバランスを常設団体ほど意識することなく、ひとりひとりのミュージシャンが自らのもつ能力を能動的に発揮しやすいからだ。

 そのような観点からいっても〈シャイニング・シリーズVol.9 東京文化会館チェンバーオーケストラ〉は期待値の高い公演といえる。2014年以来、何度も東京文化会館チェンバーオーケストラ(軽井沢大賀ホールでは東京文化会館presents軽井沢チェンバーオーケストラという名称で出演)の出演する公演はおこなわれているが、メンバーは固定ではなく、この室内オケを構成する奏者の大部分は、東京文化会館が長らく主催してきた東京音楽コンクールの上位入賞者たちからの選抜メンバーなのだ。しかもコンクールのあと、ソリストとしてだけでなくオーケストラや室内楽の分野でも更なる実績を上げているものばかりだ。

 2014年の結成時からコンサートマスターを務め(現代音楽の特別公演を除き)東京文化会館チェンバーオーケストラのメンバーを選考する立場でもある依田真宣は、東京フィルのコンサートマスターとして活躍中なのは多くの方が御存知の通り。弦楽器パートには他にも、ミュンヘン国際音楽コンクールのピアノ三重奏部門で優勝した葵トリオのヴァイオリンの小川響子(同トリオのチェロである伊東裕は東京音楽コンクールの入賞者ではないが、ゲストして参加)や、同じくミュンヘン国際の弦楽四重奏部門で第3位を獲ったカルテット・アマービレからはヴァイオリンの篠原悠那とチェロの笹沼樹、そしてチェロの伊東や笹沼ら、ソリスト級の実力をもつ奏者が集まったラ・ルーチェ弦楽八重奏団からはヴィオラの田原綾子。今後、国際コンクールでの入賞が期待されている2つの団体――チェルカトーレ弦楽四重奏団からは関朋岳、カルテット・リ・ナーダからは前田妃奈と、近年改めて注目を集める室内楽シーンの注目株が揃っている。

 もちろん、依田のようなオーケストラを活動の中心とするメンバーも層が厚い。読響からはヴィオラの渡邉千春、N響からはフルートの梶川真歩とオーボエの𠮷村結実、東京フィルからはアレッサンドロ・ベヴェラリ、千葉交響楽団からはファゴットの柿沼麻美、神奈川フィルからはファゴットの鈴木一成、群馬交響楽団からはホルンの濵地宗など……。その他のメンバーも、地方オケの団員や都内オケのエキストラとして頻繁に出演したりと、まあとにかく東京音楽コンクールの卒業生が幅広く活躍していることを感じさせてくれる顔ぶれが揃う。

 コンクールの20年近い歴史を反映した26名のオーケストラをまとめあげるのは、指揮者の三ツ橋敬子。東京文化会館チェンバーオーケストラに初めて指揮者が加わる。オーケストラを掌握するのではなく、ミュージシャンの自発性を活かして音楽づくりをすることに長けた三ツ橋は、この室内オケにうってつけだろう。コンマスの依田とは、東京フィルで何度となく共演してきており信頼関係も抜群だ。

 三ツ橋と依田が相談した上で演奏曲目も決められており、メインとなるベートーヴェンの交響曲第2番は「作曲家の若さが溢れている作品ということで選びました」とのこと。他の交響曲に比べると確かに演奏機会こそ少ないかも知れないが、ベートーヴェンが30代初めに手掛けたニ長調のシンフォニーが本当はめちゃくちゃ意欲的な作品であることを、指揮者を含めて20歳前後からアラフォー世代によるオーケストラは明らかにしてくれるのではないか。

 そして前半に演奏されるシューマンのピアノ協奏曲でソリストを務めるのが冨永愛子だ。師のひとりである東誠三から明晰な音色と安定したテクニックを譲り受け、その上で爆発力ある情熱的な演奏を聴かせるピアニストである。ドイツ留学時代には、パヴェル・ギリロフやラザール・ベルマンの系譜を継ぐフィンランド人ピアニストのヘンリ・シーグフリードソン(日本でこそ知名度は高くないが、クレーメルやコパチンスカヤと共演するピアニスト)に師事して、ロシア・ピアニズム的な透徹した深い響きと、見通しのよい構成力を更に深化させた。東京音楽コンクールで優勝を決めたラフマニノフを得意とするイメージが強いのだが、実は冨永自身にとって最愛の協奏曲といえるのがシューマンなのであるという。既に海外では演奏経験があるそうだが、彼女にとっては日本初披露の場となるから聴き逃がせない。

 最後に改めて念を押しておかなければならないのは、この公演は東京文化会館の小ホールで開催されるという点だ! 650席以下の小ホールで、これだけ名手揃いの室内オケを聴ける機会がまず貴重。大ホールでは絶対に体験できないような音圧と音響を体感してほしい!

 


LIVE INFORMATION
シャイニング・シリーズVol.9
東京文化会館チェンバーオーケストラ

2021年11月26日(金)東京・上野 東京文化会館 小ホール
開場/開演:18:20/19:00
出演:三ツ橋敬子(指揮)/冨永愛子(ピアノ)/依田真宣(コンサートマスター/ヴァイオリン)/小川響子、鍵冨弦太郎、篠原悠那、関朋岳、前田妃奈、吉江美桜(ヴァイオリン)/加藤大輔、田原綾子、渡邉千春(ヴィオラ)/伊東裕、笹沼樹(チェロ)/白井菜々子(コントラバス)/梶川真歩、瀧本実里(フルート)/副田真之介、𠮷村結実(オーボエ)/コハーン・イシュトヴァーン、アレッサンドロ・べヴェラリ(クラリネット)/柿沼麻美、鈴木一成(ファゴット)/濵地宗、栁谷信(ホルン)/多田将太郎、守岡未央(トランペット)/岡部亮登(ティンパニ)

■曲目
ベートーヴェン:バレエ音楽「プロメテウスの創造物」序曲
シューマン:ピアノ協奏曲 イ短調 Op.54
ベートーヴェン:交響曲第2番 ニ長調 Op.36

https://www.t-bunka.jp/stage/11361/