コラム

クリスチャン・マークレー(Christian Marclay)、音の視覚化にこだわり大友良英らに影響を与えた孤高の美術家

日本初の大規模展覧会を機に迫る

フォノギターを弾くクリスチャン・マークレー 1983
Photo: Steve Gross ©Christian Marclay. Courtesy Paula Cooper Gallery, New York.

視覚と聴覚を往還する、独自の表現手法
クリスチャン・マークレー トランスレーティング[翻訳する]

 クリスチャン・マークレーは、これまで音楽、または音と関係づけられることの多いアーティストだったし、現在もそうであることに変わりはないだろう。それは、自身の制作においても、一貫したテーマであり続けている。たしかに、現在では、多くの国際美術展に参加するなど、世界的に評価される美術家であるマークレーの原点には、ターンテーブル・プレーヤーとしての即興音楽シーンでの活動がある。というような、マークレーに対する基礎知識を前提としつつも、美術の領域での活動においては、彼はなによりも美術としての表現に関心持ち続けているアーティストなのではないかとあらためて思う。音楽家による音楽の空間的な拡張、あるいは演奏の拡張としてのサウンド・アートなどと比較するなら、オブジェとしてのレコードの作品化という例はあるにせよ、マークレーのパフォーマンスと美術作品との間には、どこか明確な区別があるようにも思われる(マルチ・チャンネルのヴィデオ・インスタレーションが、映像による音楽の再構成だとは言えるかもしれないけれど)。しかし、そうした出発点によって、マークレーが美術と音楽の双方から支持され、多くの観客を獲得することになったこともたしかであるし、それは後続のアーティストたちにとっても、領域横断的なアーティスト活動の、ある種の理想像ともなっているのだろう。一方で、マークレー自身も、マルセル・デュシャンやジョン・ケージといったアーティスト、そして、ダダやフルクサスといった20世紀の前衛芸術からの影響を感じさせるものだ。しかし、70年代末のニューヨークでマークレーが影響を受けたのは、美術よりも当時のニューヨークのアンダーグラウンドなパンク音楽シーンだった。いわゆるノー・ウェイヴと呼ばれるムーヴメントで、ブライアン・イーノがプロデュースした『No New York』(1978)によって知られることになる。それは、楽器が弾けなくても音楽ができるという可能性を見いだすきっかけとなった。また、マークレーのその当時の活動が、大友良英をはじめとする、ターンテーブル・プレーヤーたちに多大なる影響を与えたことは周知のとおり。

「叫び(オレンジと青の振動)」 2019 多色刷り木版画 220.1㎝ × 121.5㎝
©Christian Marclay. Courtesy Paula Cooper Gallery, New York.

 マークレーの作品では、音、音楽、あるいは音声メディアなどが、その中心的なモチーフとなっている。そしてそれらが現代社会においてどのような存在であるのか、そのありようが制作のインスピレーションとなっている。ゆえに、モチーフやその表出の方法は、時代とともに変化してきた。電話、レコード、CD、携帯電話、さらには楽譜やマンガにおける擬音語にいたるまでさまざまだ。その中に、ターンテーブルによるパフォーマンスがあり、美術家としての活動がある。しかし、マークレーの活動は、現在から見れば、本来の出自としての美術をベースにしており、パフォーマンスや音楽も美術家としてのいち側面であるというスタンスをとっているように見える。マークレーの作品では、70年代末から現在にいたるまで、聴こえるか聴こえないかにかかわらず、音、ないし音楽がモチーフであり続けてきたし、やはりそれらが美術として実現されているということが特徴だろう。もちろん、1枚のレコードで偶発的なカット・アップを生み出すことができる革新的な発明とも言える、複数の異種のレコードを貼り合わせて、1枚のレコードとして再構成された「リサイクルされたレコード」(1980–86)のシリーズは、自身のパフォーマンスに使用されるものである。しかし、それ単体では視覚的に再構成されたオブジェのように見えるし、それによってこそ、その盤から飛び出す音は本人にとっても意想外のものともなるだろう。また、特に展示された状態では、そのヴィジュアルによって、音を想起させる(どのような音がでるのかを期待させる)作品ともなっているのではないだろうか。

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