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 一方、近年の映像作品は必然的に視聴覚要素を含んだものとなり、偶発性というよりは、むしろコンポジション(作曲)の要素が強調されているように感じる。さまざまな映画から、電話をかける、電話がかかってくる、話す、などのしぐさを取り出し、分類、構成した「電話」(1995)にしても、さまざまな演奏シーンを4面スクリーンで、タイトルそのままに四重奏化する「ビデオ・カルテット」(2002)にしても、そこには音楽的な構成が感じられる。こうした作品も、映画を素材にした、非楽音としての映像による音楽的なものの表出なのだ。その意味で、これらも美術的な手法によって音楽的なものを実現したものであり、いわゆるサウンド・アートとは異なるものだと言えそうだ。

 その意味で、このアーティストによる日本ではじめての大規模な個展となる展覧会が〈トランスレーティング[翻訳する]〉というタイトルを冠していることは、(展覧会は未見であるのだが)そうしたアーティストのスタンスを明確に表すものとなっているにちがいない。

「サラウンド・サウンズ」 2014-2015 映像インスタレーション Photo:Ben Westoby
©Christian Marclay. Courtesy White Cube, London, and Paula Cooper Gallery, New York.

 そうやってマークレーの作品を見ていくと、音や音楽をいかに視覚化するか、すなわち美術という表現へ翻訳するのか、というアプローチにおいて一貫したものがある。異なるレコード・ジャケットの体や顔の絵柄がつながるように組み合わせる「ボディ・ミックス」(1992)のシリーズでは、たとえばマイケル・ジャクソンの上半身と女性の下半身のイメージが合体させられている。それは、たんに絵面的に半ば自動的にジャケットが選択されているにちがいないのだが、そこには実際に作品に取り上げられたレコードが、音楽としてもミックスされたなら、という仮定を引き出すかもしれない。そうした視覚的な連想が、逆に想像上の音楽を可能にさせる。しかし、それはいわゆる音のヴィジュアライゼーションとはまったく異質なものであり、それこそが、ある意味では不可能な翻訳(をあえて行なう)であることも含意しているように思われる。先の「リサイクルされたレコード」のシリーズも、そこから聞かれる音は、あくまでも偶然の結果ということであるかもしれない。マークレーには、そうした意図的に残された観客の翻訳の余地が多く含まれている。マークレーの作品の中でも、そうしたテーマにもっとも近づいているのが、一連の楽譜の作品だろう。今回、その楽譜作品を日本在住の音楽家が実演するという。それは図形楽譜というようなものでもなく、五線譜に描かれたはしりがきのようなもので、これを解釈して演奏するには、相当なイマジネーションが必要だろう。

 サンプリングとコラージュとは、近似した手法として理解されることが多い。今回の展覧会でも、サンプリングという手法がキーワードのようになっている。また、コラージュという手法は、マークレーの制作における中心的な手段と言ってもよく、マークレーの作品には、その双方の要素が存在する。近作であるマンガのコラージュと、その木版画のシリーズでは、たしかに、叫びや恐れおののく声が、サンプリングの手法で響き渡るようである。英語のコミックからカット・アップされた擬音語による映像インスタレーション「サラウンド・サウンズ」(2014-2015)では、音が文字列としての言葉へと翻訳される。特に英語圏以外では、さらに擬音語の翻訳が加わることで、耳に聞こえる音との関係が追加されるのではないだろうか。

 音が「どう見えるかということに興味がある」(展覧会リリースより)というマークレーの発言は、音楽が聞こえてくるような、あるいは音を想起させる、または音声メディアをモチーフにした作品について、それが直接的に音や音楽として表出されていないとしても、美術という(もちろん広範囲でとらえにくいものではあるが)表現手段の中で、いかに音や音楽を見せようとするのかがマークレーの関心であり、独自の表現として確立されたものであることを表している。

 


Photo by The Daily Eye

PROFILE: クリスチャン・マークレー  Christian Marclay
1955年、アメリカ・カリフォルニア州に生まれ、スイス・ジュネーヴで育つ。ボストンのマサチューセッツ芸術大学で美術学士を取得後、ニューヨークのクーパー・ユニオンで学ぶ。長年マンハッタンを拠点に活動してきたが、近年はロンドンに暮らす。1979年にターンテーブルを使った最初のパフォーマンス作品を発表。レコードをインタラクティブな楽器として扱う先駆的なアプローチにより、実験音楽シーンの重要人物として一躍知られるようになる。1980年代以降には、即興の演奏のほか、聴覚と視覚の結びつきを探る作品で、美術の分野でも活躍する。音楽の分野でも重要な活動を続け、『Record Without A Cover』(1985年)、『More Encores』(1988年)、『Records』(1997年)などのリリースのほか、これまで、ジョン・ゾーン、エリオット・シャープ、ソニック・ユース、フレッド・フリス、スティーブ・ベレスフォード、オッキュン・リー、大友良英ら数多くのミュージシャンと共演、レコーディングを行っている。

 


寄稿者プロフィール
畠中実 Minoru Hatanaka

1968年生まれ。90年代末より展覧会企画や音楽イヴェント企画に携わり、現在までさまざまな展覧会を手がけ、作家の個展企画も多数行っている。美術や音楽について執筆活動も行ない、おもな編著書には、「現代アート10講」(田中正之編、武蔵野美術大学出版局、共著、2017年)、「メディア・アート原論」(久保田晃弘との共編著、フィルムアート社、2018年)など。

 


EXHIBITION INFORMATION

クリスチャン・マークレー  トランスレーティング[翻訳する]
2021年11月20日(土)~2022年2月23日(水)東京・清澄白河 東京都現代美術館 企画展示室1F
https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/christian-marclay/

■関連イベント
∈Y∋、大友良英、コムアイ、巻上公一、山川冬樹らが、クリスチャン・マークレーの「グラフィック・スコア(図案楽譜)」を演奏するイベントを、会期中複数回にわたって開催します。また、この演奏のために、ジム・オルークを中心とするバンドも結成されます(ジム・オルーク(ギター)、山本達久(ドラムス)、マーティ・ホロベック(ベース)、石橋英子(フルート)、松丸契(サックス))。1986年の初来日にはじまる、日本の実験音楽シーンとマークレーとの特別で継続的な関係に新たな1ページが記されます。