UKダンスミュージックの老舗にして現在はジャンルを問わない先端的なレーベル、ワープ。89年の設立時からワープで30年以上にわたり作品をリリースしている最古参の所属アーティストが、ナイトメアズ・オン・ワックスことジョージ・エヴリンだ。2020年に彼が打ち立てた金字塔『Smokers Delight』(95年)の25周年記念盤がリリースされ、発表されたばかりの新作『Shout Out! To Freedom...』も絶好調。不変のダウンテンポサウンドを生み出してきた彼だが、そのキャリアが総括される機会は少ない。そこで今回は、音楽ライターの小野田雄にその長い旅路を振り返ってもらった。 *Mikiki編集部
トリップとチルアウトの達人が生んだ〈ヒップホップ版チルアウト〉
ワープ最古参アーティストであるナイトメアズ・オン・ワックスことジョージ・エヴリンは、セカンド・サマー・オブ・ラブ真っ只中の89年、イングランド北部の街、リーズから登場すると、それから30年以上にわたって、トリップとチルアウトを繰り返してきた旅の達人だ。
その名を世界に知らしめたのは、不朽のトリップホップクラシックとも評される95年の歴史的名盤『Smokers Delight』。イギリスにおけるレイヴ規制の大きな節目となったクリミナル・ジャスティス法が施行された翌年、時代の喧噪を穏やかに和らげるように登場したこのアルバムは、パーティー明けに聴いたKLFの『Chill Out』(90年)から着想した〈ヒップホップ版チルアウト〉を意図した作品でもある。
NIGHTMARES ON WAX 『Smokers Delight』 Warp(1995)
そこには、レイヴカルチャーの酩酊感や陶酔感とレゲエ、ダブ由来のディープな低音表現、そして、クインシー・ジョーンズ“Summer In The City”のサンプルを敷いたオープニングナンバー“Nights Introlude”に象徴されるソウルやファンク、サンプリングを介したヒップホップの影響を投影。その作品世界の多面性は、ナイトメアズ・オン・ワックスが時代を超えて愛されている秘密であり、ジョージ・エヴリンの音楽的バックグラウンドそのものでもある。
ヒップホップに開眼、〈ブリープ&ベース〉へ
ノーザンソウルとレゲエのサウンドシステムカルチャーが根強いリーズの街で生まれ育った彼は、82年にリリースされたマルコム・マクラーレン“Buffalo Gals”をきっかけに、エレクトロ/ヒップホップカルチャーに開眼。さらにノーザンソウルのオールデイヤーシーンに流入してきたブレイクダンスに魅せられ、ワープ誕生の地であるシェフィールドのブレイクダンスチーム、ソーラー・シティ・ロッカーズに加入すると、85年にはエレクトロヒップホップの延長として、シカゴハウスでも踊るようになったという。
その延長線上でソーラー・シティ・ロッカーズのメンバーは音楽制作を始め、ユニーク3として88年にシングル『Only The Begining / The Theme』を発表。エレクトロヒップホップとシカゴハウスをレゲエ由来のヘビーな低音音響でまとめ上げた革新的な〈ブリープ&ベース〉のファーストリリースは、チームの一員であったケヴィン・ハーパーとDJデュオを組んだジョージ・エヴリンを音楽制作へと駆り立て、89年に結成されたナイトメアズ・オン・ワックスは設立されたばかりのワープの第2弾リリースを、後にブリープ&ベースクラシックと賞されるデビューシングル“Dextrous”で華々しく飾った。
このUKオリジナルのダンスミュージックであるブリープ&ベースは、後にハードコアブレイクビーツからジャングルへと発展していくイギリスのベースミュージックの源流として近年再び注目を浴びている。ナイトメアズ・オン・ワックスは、その流れを決定付けた2020年リリースの革新的コンピレーションアルバム『Join The Future: UK Bleep & Bass 1988-91』にも“21st Kong”を提供しているほか、2014年にもリカルド・ヴィラロボスとマックス・ローダーバウアーのデュオが初期の代表曲“Aftermath”を長尺リミックスに仕立てあげるなど、レイヴカルチャーとベースミュージックへの貢献度の高さからブリープ&ベース期の作品もその評価は高まっている。