リラックスした環境で創作に取り組む一方、死への覚悟が深みをもたらしたという新作――ソウルフルな『Shout Out! To Freedom...』で彼が叫ぶ自由とは?
「きちんと睡眠をとるようになった。朝の6時にクラブにいることがないからな(笑)。食生活も改善されたし、前より健康になったね。あとは、自分の周りの人たちともっと繋がるようになった。ここ7年、実はほとんど自宅に住んでいなかったということに気付かされたよ。ロックダウンで家族とも近くなり、自分がいかに彼らのことを恋しがっていたかにも気が付いた。ノンストップでツアーをしていたから、それを考える時間がなかったんだろうな。いまはもっとバランスが取れて、家族にも音楽制作にもフォーカスできるようになったね」。
長引いたロックダウンの影響についてイビザに住まうジョージ・エヴリンはこう説明する。ナイトメアズ・オン・ワックス(以下NOW)として30年以上も前からUKのクラブ・シーンで活躍し、いまやワープ最古参の所属アクトとなった彼にとって、DJやギグで世界中を旅するライフスタイルからの転換は大きな出来事だったに違いないが、その期間を活かした取り組みは3年ぶりのアルバム『Shout Out! To Freedom...』に実を結んだ。
NIGHTMARES ON WAX 『Shout Out! To Freedom...』 Warp/BEAT(2021)
「アルバムの構想を思いついてから制作に取り掛かったわけじゃないんだよ。もともと2021年は『Smokers Delight』の(25周年)ツアーをやるはずだったし、それがキャンセルになったから、制作に集中するしかなくてね。それでアルバムを作ることにしたんだ。曲は常に書いているからロックダウンの前から作りはじめていたし、作業を中断してどこかに行かなければいけないという心配もなかったから、もっとディープに音楽制作に取り組むことができた」。
今回はシャバカ・ハッチングス(サックス)をはじめ、馴染みのウォルフガング・ハフナー(ドラムス)、さらにブルックリンのハイレ・シュプリームやニュージーランドのマーラTK、UKの新星グリーンティー・ペン、オシュン、ピップ・ミレットら多彩な顔ぶれを起用。シャバカやウォルフガングの存在もあってジャズ色は濃くなっているし、根幹にあるレゲエやダブに関しては言わずもがな。前作『Shape The Future』に続いてソウルフルな側面も際立っているが、その印象を強くさせるのは“Wikid Satellites”に迎えたグリーンティーのパフォーマンスであり、“Up To Us”など数曲で素晴らしい歌唱を聴かせるハイレ・シュプリームの存在だろう。
「ハイレの魅力はあの声。ものすごくノスタルジックなものを感じるんだよね。マーヴィン・ゲイのような要素もあればルーツ・レゲエの要素も感じられる。それらは俺自身の基盤でもあるし、そのコンビネーションを聴いた瞬間、〈このアーティストとは絶対にコラボできる〉と感じたんだ」。
作業の多くはリモートで進めたそうだが、アルバムとは無関係にいつも曲を作っているというだけあって、ハイレやマーラTKらとは2019年後半の時点で一緒にスタジオ入りしていたという。とはいえ「素晴らしいプレイヤーであるだけでなく、彼の演奏からはそれを超えたディープなスピリットが感じられるんだ」と絶賛するシャバカとのリモート作業はコロナ禍の前だったそうで、そのあたりの柔軟さはもともとデータのやりとりが多いジャンル特性もあるのかもしれない。
「もちろん同じ空間で一緒に作業するのも好きだけど、特にパンデミック中のリモート作業は興味深かった。何事も良い音楽が生まれるのを止めることはできないと感じられたのは凄く良かった。みんな何かを表現したいという気持ちを持っていたし、そのスピリットが消えることは絶対にないんだなと実感できたんだ」。
制作期間中には脳腫瘍が見つかって治療にあたっていたというジョージだが、その経験が〈自由〉というアルバムのテーマを改めて実感するきっかけになったとも語る。
「いまは大丈夫。でも制作中はどうなるかわからなかったから、これが最後かもしれないという思いで作っていたんだ。それがあって、アルバムがよりディープになっていった。このアルバムは俺にとっての自由の形。あの経験をして、誰もがみんな何かから自由になりたいと思っていることに気付いた。このアルバムは、すべての人々に捧げられた作品なんだよ。すべての人々が、それぞれの形の自由を求めている。そして、それを語り合うことはすごく大切なことなんだよ」。
アルバムのイントロとインタールードに響く〈Freedom〉の声はInstagram経由でファンから募ったボイスメモをコラージュしたものだそう。多様な思いを自然体で作品に束ねていままでにない深みを獲得したジョージとNOWは、これからも自身の音楽を自由に追求していくことだろう。
左から、ナイトメアズ・オン・ワックスの2018年作『Shape The Future』(Warp)、2019年のミックスCD『Back To Mine: Nightmares On Wax』(Back To Mine)、サンズ・オブ・ケメットの2021年作『Black To The Future』(Verve)、マーラTKの2021年作『Bad Meditation』(Extra Soul Perception)、グリーンティー・ペンの2021年作『Man Made』(AMF)