ロマン・ポランスキー、ブライアン・デ・パルマ、ダリオ・アルジェント作品へのオマージュがちりばめられたタイムリープ・サイコ・ホラー
「ベイビー・ドライバー」で一躍イギリス映画界の新星として世界に知らしめたエドガー・ライトの新作「ラストナイト・イン・ソーホー」。コロナで公開日を延期し、なるべく大きなスクリーンで鑑賞可能な時期まで待っていたというのだ。
劇中の楽曲のキュレートでも定評があり、映像/音楽関係者を唸らせるセンスを持つライト監督だ。もちろんスウィンギング・ロンドンの震源地たるソーホーを意識しての選曲。
ソーホーという同じ土地における現代と60年代というふたつの時代を同時にリンクさせて描く本作では、モノラルとサラウンドといった録音技術まで変化させるというこだわり。60年代をサラウンドで立体的に生き生きと描くのだ。
そしてふたりの主人公として、現代を生きるファッション学生エロイーズ役のトーマシン・マッケンジー。もうひとりは60年代シンガーとして成り上がろうとする野心溢れるサンディ役のアニャ・テイラー=ジョイ。閉店した〈リアルト・バックステージ・バー〉で、サンディが突然のオーディションで唄う妖艶な“恋のダウンタウン”は、ペトゥラ・クラークの誰もが知る原曲とは程遠く、それはまるでデイヴィット・リンチの「ブルーベルベット」でイザベラ・ロッセリーニがデカダンスの極致に唄う“ブルーベルベット”のシーンのように、新世紀の映画史に残る場面となるに違いない。
そして、60年代のロンドンの街角のネオンや当時の行き交う自動車、そして〈カフェ・ド・パリ〉に代表される数々の実在した店舗を完璧に再現させた。
そんな音も映像もこだわりにこだわり抜いた今作は、公開時期を延期してでも、大きなスクリーンで見せたかったというライト監督の気持ちも理解できる。
さてこの作品は、幼少の頃の母親の自殺によって霊感を持ってしまうファッション学校の学生が、ソーホー地区の古いアパートに引っ越して、その屋根裏部屋に60年代に住んでいたであろうシンガーを夢見る女性とリンクしてしまう物語だ。いわゆるタイムリープものだが、日本のそれとは趣向が異なる。現代の主人公エロイーズその人自身がその時代に移行するのではなく、その時代の別の人間サンディと同期してしまうのだ。現代のエロイーズはその時代の人々の目にはまったく映らない。サンディにもエロイーズの姿を見ることはない。そして60年代のサンディは現代には移行しない。その一方向性がこの作品の特徴だ。むしろサンディにとっては現代のエロイーズは見えない幽霊のような存在ではないか。
通常過去の出来事は決して変えることはできないと思われているが、そうではなく、それは悪夢として何度も何度も回想され反復され語り直され、過去を救済することができるかもしれないのだ。
本作は、時間が過去から現代、そして未来へと一方向に同じ速度で流れていくのではなく、過去も未来も既にこの現代の中に含まれているのではないか。過去が終了してどうにもならないことではなく、語り直し血流を与えてあげられるのではないか。また、未来がまだ来ないのではなく、我々は未来から影響を受けているのではないか。過去も未来も現代と同時にすぐ隣に並走しているのではないか。そんなことを想い起こさせてくれる。
霊感を持つエロイーズは同級生から見れば多少変わって見えるが、そこまで突飛ではない。ロマン・ポランスキーやブライアン・デ・パルマ、ダリオ・アルジェント作品へのオマージュもちりばめられており、幽霊や猟奇殺人、切り裂きなどはイギリスの国技と言ったら怒られるだろうか(笑)。最近もロンドンのパブやクラブで注射器を無差別に打つニードル・スパイキング犯罪が多発しているという。この作品も幽霊が見えたり、殺人もまたイギリス人の列記とした文化の一部であり、イギリス人たらしめるアイデンティティだと言わんばかりの描写もある。諧謔とアイロニーが入り混ざり、その演出や描写、その態度自体がイギリスらしいと言えるのではないか。
幽霊の見えるエロイーズは、徐々に神経衰弱に陥ってしまう。この世に念を残した幽霊たちはエロイーズに寄り添ってくるのだ。
しかし、考えてみればそもそもスクリーンに映っている役者たちは幽霊のような存在である。私たちはかつて演技をしていた人々の残像(幽霊)を見ているにすぎない。
運命的にどうにもならない幽霊の姿をどうにもならない幽霊が見ている。それを我々はどうにかしてあげたいと思いながら見る。そんな体験である。映画とは幽霊を見ることに他ならない。
WHERE IS SOHO?
イギリス・ロンドンのシティ・オブ・ウェストミンスターに位置する一地区。20世紀に歓楽街として発展し、特に60年代後半はファッション、映画、音楽などのカルチャーがこの街を中心に爆発的に流行。〈スウィンギング・ロンドン〉と総称される一時代を築いた。
寄稿者PROFILE: ヴィヴィアン佐藤
非建築家、美術家、ドラァグクイーン、誤読の女王。東京や映画をあらゆる角度で読み解こうとするアーティスト。最近のモットーは垂直に旅する。都市も芸術もそれを計画し製作した者の所有物ではなく、旅行者や鑑賞者も同等に責任を負わねばならない。
CINEMA INFORMATION
ラストナイト・イン・ソーホー
監督:エドガー・ライト
脚本:エドガー・ライト、クリスティ・ウィルソン=ケアンズ
音楽:スティーヴン・プライス
出演:トーマシン・マッケンジー/アニャ・テイラー=ジョイ/マット・スミス/テレンス・スタンプ/マイケル・アジャオ/ほか
配給:パルコ ユニバーサル映画 (2021年 イギリス 118分 R15)
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原題:LAST NIGHT IN SOHO
2021年12月10日(金)、TOHO シネマズ日比谷、渋谷シネクイントほか全国公開
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