
Toneri Kazuki(ギター/シタール)、Miri(ベース/ボーカル)、Koh Hamada(ドラムス/パーカッション)の3人で2019年に始動したBarbican Estate。以降、独特のダークで愁いを帯びたサイケデリアをもってじわじわと注目度を高めてきた。ここに完成したファーストフルアルバム『Way Down East』のイメージは〈西から東への魂の浄化への旅〉。映画技術の発展を支えたD・W・グリフィスの監督作「東への道」(1920年)に因んでタイトルを付けた本作は、前半に西洋のアートから影響を受けた楽曲、後半に東洋の思想から着想を得た楽曲が並んでいる。
いにしえの東洋と西洋の関係性といった歴史への関心。サイレント映画への傾倒。60年代のサイケデリックロックやブルースロック、70年代後半のノーウェイブ、80年代から現行のオルタナティブロックなどを融合した音楽性。そしてロンドンに存在する団地をもとにしたバンド名からわかるように建築の構造美への探求心。
時代や分野を超えたさまざまな文化に興味を持ちながら、それらの持つ光と影を折り重ねていくような、Barbican Estateの超現実的サウンドスケープは、創作に対するピュアネスに満ちている。そこで今回は、メンバーそれぞれの音楽/文化的バックグラウンドやバンドとしての活動指針についてをじっくり訊いたうえで、アルバムの魅力に迫った。

出会いは、サーストン・ムーアと灰野敬二の共演ライブ
――ToneriさんとMiriさんは、2017年3月に渋谷のduo MUSIC EXCHANGEで開催されたサーストン・ムーアのライブで出会ったんですよね?
Miri「はい。サーストンと灰野敬二さんのセッションライブでした。その頃、私はあまり精神状態が良くなかったというか、生活に疲れ切っていたので、思いっきりノイズを浴びたくて行ったんです。会場に入るとお客さんの年齢層が高めで私は少し浮いていたなか、同世代と思われるToneriを見つけて、そこから交流が始まりました」
Toneri Kazuki「でも、僕はその後すぐにアメリカのシアトルに留学したので、よく遊ぶようになったのは帰国後の2018年からですね。Barbican Estateはさらにその1年後の2019年にスタートしました」
――サーストン・ムーアならびにソニック・ユースや灰野敬二以外にも、共通して好きなアーティストはいたのでしょうか?
Miri「Toneriはシアトルに端を発する80年代から90年代のグランジ、ほかには70年代後半のノーウェイブなどを好んで聴いているイメージでした。私もそういった音楽は好きなんですけど、出会った当初は現行のインディーロックを掘り下げることに夢中で。だから音楽に関しては〈そこそこ趣味が合う〉くらいの感覚でした」
Toneri「かつてのグランジに対する憧れもシアトルを選んだ理由なんですけど、同時にかの地の現行のシーンにも興味があったんです。ドゥームメタルやインダストリアル系のノイジーで荒々しい音楽をやっているバンドが、アンダーグラウンドシーンにたくさんいて。そんな感じだったので、Miriと好きな音楽をシェアするようなことはほとんどなかったですね。
それよりもドイツの表現主義、なかでも映画の話をできたことが印象深かったです。そういった1900年代の前半、第一次世界大戦前後のカルチャーについて話せる同世代の友人がいなかったので」
――今回のアルバムタイトルとして使われた「東への道」もそうですけど、1900年代前半の映画はまだサイレントですよね?
Toneri「そうです。台詞がないので話の内容や美術、字幕などいたるところに現代とは異なる芸術性や文学性があるんですよね」
――ちなみに、ドイツ表現主義から生まれた映画にはどのような魅力があるのでしょうか。
Toneri「当時ことをかなり大雑把にまとめると、ドイツが第一次世界大戦で負けたのが1918年。そこから1929年に世界恐慌が起こって長い不況が続くなか、1933年からナチスによる支配が始まります。要するにすごく混とんとした時代だったんです。
映画に限らず、僕はそんな歴史のなかで活動していたさまざまな分野のアーティストの、内省的で退廃的な世紀末感が漂う表現に惹かれたんです。僕らはその後のナチスドイツが、どんなことをしてきて、どんな末路を辿ったのかを知っています。その視点から見てもすごく興味深くて」
――あとBarbican Estateには建築からの影響も外せないですよね? 今回のジャケット写真も川崎市の知る人ぞ知る団地で撮られていて。
Miri「そうですね。建築の世界に触れるとすごくエモーショナルになるんです。巨大物恐怖症じゃないですけど、怖さも感じる。でもすごくかっこよくて」
――Babican Estateの音楽にも〈怖くてかっこいい〉要素はあると思いますし、曲のストラクチャーやサウンドスケープの作り方と建築への考え方はリンクしますか?
Miri「例えばピンク・フロイドのロジャー・ウォーターズは建築を学んだ経験があって、それを音楽にも活かしているように思います。私は専門的な勉強をしたことはありませんが、建物からリズムのようなものを感じるんです。それは作る音楽にも確実に影響していますね」
――では、Hamadaさんとお二人の出会いについても訊かせてもらえますか?
Toneri「シアトルから帰国して組んだバンドがすぐに消滅してしまったので、あらためて一緒に活動してくれるドラマーを探していたら、共通の知り合いがHamadaを紹介してくれました。僕は編曲していくうえで、おかずの多いドラムはあまり好きではないんです。だから、彼の引き算を軸に組み立てていくスタイルと、どこかサイケデリックな雰囲気はばっちりハマりましたね。運命的と言ってもいいくらいの出会いでした」
Koh Hamada「手数が多くてマッチョなスタイルも、余白が多めで間や音の一つひとつにこだわったスタイルもどっちも好きなんですけど、自然に出てくるプレイスタイルは後者なんですよね。昔から技巧的なことよりも、そのドラマーの持つ独特のグルーヴ感に注目していたような気がします」
メッセージ性なんて持ちたくない、ただ気持ちよくトリップしたい
――Barbican Estateの音楽は、感情を削いだようなミニマルなビートや、有機的で爆発力のあるギターノイズ、どこか浮世離れしたメロディーや弦の使い方など、さまざまな要素が混ざり合ったサウンドが印象的です。最初からそのような音楽性をめざしていたのですか?
Toneri「結成当初はコンピレーションアルバム『No New York』(78年)のようなノーウェイブからの影響が強くて、いまよりもっと無機質な感じ。そこに初期のソニック・ユースのような変則チューニングのギターを重ねたサウンドでした。
そこからサイケだったりフォークだったり、いろいろな要素を加えていって、どこにでも転がっていけるようなイメージで作ったのがファーストEP『Barbican State』(2020年)。
そのうえで、自分たちにとって何がいちばん楽しいのか、どの要素をどう組み合わせたらおもしろいのかを、試行錯誤した結果が今回のアルバムですね」
――試行錯誤したうえで、どのような作品を作りたいと思っていたのでしょう?
Miri「直接的にでも間接的にでも〈コロナ禍の2021年の東京〉について歌った曲って、たくさんあるじゃないですか。そういうものとは距離を置きたいと思っていました。どうやったって出てしまうものだとも思いつつ、できるだけ〈時代〉や〈場所〉を感じさせない作品を作りたかったんです」
――それはどうしてですか? 現実からのエスケイピズムとはまた違う気がするのですが。
Miri「第一には、何歳になっても演奏したいから。初期衝動だけではない、ずっとやり続けられる曲を作りたいんです。そう考えたときに、サウンドも歌詞も歌い方も、必ずしもいまこの瞬間を反映したものである必要はないんじゃないかと」
――その答えは実に興味深いです。というのも、みなさんは壮絶な歴史のなかで文化がどう変化していったかに深い関心を持っているし、Barbican Stateの歌詞も、現在の抑圧された社会からの解放を訴えたり、取るべきアクションを提示したりしているようにも思えるからです。
Miri「解釈は何だっていいんです。実際に曲を作っている過程においても、現代社会の抱える問題がちらつかないわけではない。でも、そこまでガチガチのメッセージ性はなくて。あえてもっときつい言い方をすると、メッセージ性なんて持ちたくもないんですよね」
Toneri「強いメッセージがあると思われることは多いんですけど、実際はまったくないです。僕が好きな哲学者や思想家の言葉をただ引用して、いい感じに切り貼りしているだけ。おもしろおかしくサンプリングしているような感覚ですね。だから歌詞について訊かれるのは苦手。確かに、〈過去の偉人たちの言ったことが、いまの自分たちの現状とリンクしているから引用しているのでは?〉と言われたらそうなのかもしれない。けれど、そこに強い自覚や意志はなくて、ほんとうにただ口から出ているだけなので(笑)」
Miri「サウンドや歌っていることは相対的には暗いように思いますけど、実はすごく明るいというか、楽観的に曲を作っているバンドだと思います」
――アーティストとしてリスナーを救う可能性を持った音楽を作りたい、といった気持ちはないのですか?
Toneri「うーん……僕自身には受け手としてもそういうエピソードがまったくなくて。単なる〈作られたもの〉や〈事象〉としてすごく興味があるんですけど、それ以上でも以下でもない。だからドライな人間と思われても仕方がないのかもしれません。でも、決して適当に処理しているわけではないという自負があるうえで、こうして作品を世に出しているわけですから、どう捉えていただいても構いません」
Hamada「プレイヤーとしてリスナーとして、ただ気持ちよくトリップできる曲が作れたのなら、意味なんてどうでもよくて。それが良いのか悪いのかはわからないですけど」
Toneri「だからHamadaは信用できるんです。彼はいつだってトリップできる領域をめざしてドラムを叩いてくれる。もし上手くいかないときは、そのプレイではなく曲に原因があると判断してボツにします。制作において、Hamadaは質の良い物差しのような存在ですね」
Miri「2人はアートに対して〈救われた〉みたいなベクトルでは感情が揺れないタイプ。完全にデータ型なんですよ。私は建物を観たり音楽を聴いたりすると、すぐにエモーショナルになるので、2人のそういう部分はいまだに謎だらけです(笑)」
――となると、今作のテーマ〈西洋から東洋への魂の浄化への旅〉も現実の経験に由来したものではない?
Toneri「そうですね。これも単に、大学の卒論でテーマに選ぶくらい古代ギリシャの文化が好きだから。当時のギリシャ人が東のインドに向かう道中で、さまざまな土地の人々と交流や交易をしたり、その結果あるギリシャの王様が仏教に改宗したり、そういった感じで東西の異文化が混ざり合って新しい文化が出来ていく様子を調べることに没頭していた時期があったんです。それで、いつかそういう時代の流れをコンセプトにした音楽作品を作りたいと、前々から思っていました」
西洋のポップカルチャーと東洋の神秘思想が並立する『Way Down East』
――そうしたアルバムの1曲目“Oblivion”はアシッドフォークの香りが漂う、ドラムレスの曲です。
Toneri「マジー・スターの曲のようなアシッドフォークっぽい音を入れたくて、そこに不協和音やストリングスも混ぜていきました。ドラムが入ってないのはHamadaが〈意地でも叩かない〉って言ったから(笑)」
Hamada「ToneriとMiriが二人で世界観を構築していく様子を見ていて、可能性を感じたんですよね。僕がいないことで広がる世界もあると思いますし、アルバムとしてのおもしろみについて考えたときに、そういう曲があってもいいなって」
Toneri「産声のような優しさがありつつ、どこか不安げな雰囲気のある、1曲目らしいサウンドにできたと思います」
――続く“White Jazz”は既発のシングルですが、アルバムバージョンでは少し音の質感が変わっていますよね?
Toneri「幾何学模様やSatomimagaeの作品にも関わられているRollo(Hideki Urawa)さんにミックスをやり直してもらいました。最初はノーウェイブのバンドやテレヴィジョンのサウンドに似た、徐々に不穏な雰囲気を帯びていく曲だったんですけど、今回のミックスではサイケデリックの要素やクラウトロックっぽさ、リズミカルな部分などもすごく豊かに浮かび上がって、より音楽的になったと思います」
Hamada「今回は全曲Rolloさんにミックスしてもらえてほんとうによかったです。バーベキューの串焼きみたいに、いろんな具材(曲)の味が壊れないように気を使いながら一本の串を通して〈アルバム〉にしてくれた。自分たちだけだと、たぶんここまでまとめきれなかったと思います」
――“Eyes in the Sky”はシンプルな構成でありながら、音楽的背景の豊かさやアンサンブルの妙で実に深みのある仕上がり。なかでも印象的なのは〈ジャーン〉というストローク一発で、ブラック・サバスばりのドゥームな闇の帝王感を漂わせるギターです。強烈なリフを持ったブルースロックを聴いたような充足感を与えてくれます。
Toneri「そのギター、実はいちばん褒めてほしいポイントだったので嬉しいです(笑)。3コードしか使っていないなかで、いかに呪術的なおどろおどろしさを出すかは意識しました。展開はシンプルなんですけど音数はけっこうあるので、それぞれの重ね方にはかなり注力しましたね」
――今回は前半と後半に分けて、それぞれ西洋と東洋の世界観を描いたということですが、6曲目の“Morphine, and the Realm of Ouroboros”から後半が始まっているんですよね?
Toneri「そうですね。アナログ盤のA面とB面で分けたイメージです。A面には西洋のポップカルチャーからの影響を受けた曲を、B面には東洋の神秘的な思想から影響を受けたメディテーションサウンドを並べました。気分によって通して聴いてもおもしろいし、A面だけ、B面だけを聴くのもあり。そういう楽しみ方に幅のある作品にしたくて」

私たちはパフォーマンスアートをする〈グループ〉
――今作のリリースパーティ―を2021年12月26日に下北沢SPREADで開催されていましたね。SPREADはクラブなので、ライブ用に設置されたステージがなく、フロアでパフォーマンスしていました。イベント内では、アントナン・アルトー脚本、ジェルメーヌ・デュラック監督のシュールレアリスム映画「貝殻と僧侶」(1927年)に生演奏をつけた上映会もあって。会場の選び方や企画内容に、バンドのこだわりや美学を感じました。
Miri「そうですね。ライブハウスではない場所でさまざまな分野の方々とパーティーを作ることで、新たな出会いがたくさんあることが楽しくて。そして、その経験がまた自分たちの音楽にも活きてくる。あらためて考えてみると、私たちはライブハウスでの活動が主軸にある〈バンド〉というより、パフォーマンスアートをする〈グループ〉といった感覚のほうが強いのかもしれません」
Toneri「ライブハウスの枠だけに収まりたくないので、いろんな場所でライブをしていきたいです。内容も、対バンだけではなく今回のような映画の上映会、ほかには絵描きさんのライブペインティングでもファッション系のパフォーマンスでも、僕らがかっこいいと思ったものとはどんどん一緒にやりたい。さまざまな要素の相乗効果により、パーティーを新しい感覚の総合芸術に昇華したいと思っています」
――海外に目を向けると、路上や公園、店舗や教会など、あらゆる場所でライブが行われている国は数多くありますよね。
Hamada「日本は特殊だなって思います。僕はロンドンのグライムが好きで、よくシーンのことを調べたり現地に住んでいる人に話を聞いたりするんですけど、グライムのアーティストは団地なんかでも大きな音を出してパーティーをやっている。向こうではバンドの演奏もいたるところで観ることができるし。
でも日本だとライブハウスやクラブでしか演奏できない。そうした決められた場所以外で鳴っている音楽に対して〈うるさい〉と思う人が海外に比べると多いじゃないですか。〈もっとライトな感覚で音楽にコミットできる環境になったらいいな〉と、常々思っています」
Toneri「シアトルに留学していた頃、かなりの本数のライブを観ましたが、やっていたのはアートミュージアムや教会、倉庫やどこかの地下の空き部屋といった場所ばかりで、ライブハウスにはほとんど行かなかった。音もガンガンに外へと漏れているのに、みんな平気なんですよね(笑)。ギリシャに旅行で行ったときも、世界遺産の前でおじさんたちがサイケデリックロックを演奏していました。日本だと確実に邪魔だと言われますよね」
Hamada「日本は街と文化の交流が断絶されている印象が強いです。僕はけっこう深刻な話だと思います」
本来、アートは誰がどこでやってもいいはず
――ここまでの話をまとめると、みなさんそれぞれルーツや考え方に違いはありますが、〈音楽体験を作家主義的な価値観から解放したい〉という、共通した哲学を持っていると感じました。
Hamada「多くの日本人が、ライブハウス以外での演奏を許容できない理由は、〈音楽は決められた場所でアーティストがやるもの〉という意識が根付いているからだと思っていて。別にアーティストという自覚がなくても、歌がめちゃくちゃ下手でも、それはそれで表現じゃないですか。
そういう感覚がないから、〈素人のやる音楽=カラオケ〉という枠にはめられる。そこには優劣をつける採点機能があって、みんなが同じヘルツ、同じデシベルに向かう。誰もが共通したイデアを持っている状況にすごく違和感があるんです。そしてそのフィールドで優秀な人を見つけてお金にしようとする人がいて、文化が工業化されていく」
Toneri「そういう大衆心理は変えられないから、自分たちはそこに捉われずにどう活動していくか」
Miri「おこがましいですけど、いまの大衆的な文化になじめない人が友達を作れたり、思わぬ出会いが起きたりする場所を作りたいという想いはあります」
――Barbican Estateやさまざまなインディペンデントカルチャーが、〈そうじゃない人のシェルター〉に留まらず、受け皿としてもっと大きくなってほしいとも思っています。
Toneri「そうなるとおもしろいですよね。とにかく作り続けること、活動し続けることが大切だと思っています」
RELEASE INFORMATION

リリース日:2021年12月22日
品番:BEC001
仕様:CD
価格:2,420円(税込)
TRACKLIST
1. Oblivion
2. White Jazz
3. Eyes in the Sky
4. The Divine Image
5. Obsessed
6. Morphine, and the Realm of Ouroboros
7. Abandon
8. Elysium
9. The Innocent One