〈最悪〉だけど〈最愛〉のあなた、そしてこの世界をも肯定する真っすぐな歌
昨年4月、レーベル移籍後初の楽曲でドラマのエンディング曲にもなった“緑”をリリース。9月からは〈働く女性〉をテーマにした楽曲“悲しい歌がある理由”“距離”“やめるなら今”の3曲を3か月連続でリリース。そして今年1月にはTVアニメ「進撃の巨人 The Final Season Part 2」のエンディングテーマである“悪魔の子”をリリースし、すでに大きな反響を呼んでいるシンガーソングライターのヒグチアイが、3月2日(水)にいよいよ移籍第1弾アルバム『最悪最愛』をリリースする。
〈「二回ぐらいしただけで 彼女ヅラしないで」 そう言い捨て去った最悪な人 あなたは今でも最愛の人〉。アルバムタイトルはおそらく、収録曲“悪い女”のこの一節から取られたものだろう。文字通り〈最悪〉だけど〈最愛〉の相手を好きだった主人公が、それでも〈あなたは悪くない わたしが悪い 悪い 悪い女〉と相手を責めず、自分を責めるこの曲。そんな胸がえぐられるような言動をする主人公は、他の曲にもたくさん登場する。
〈育てた花には ちゃんと水をあげて〉と自分とサボテンを重ね、一緒に暮らした人との別離を描く“サボテン”。別れても、好きだった相手に毎年誕生日にだけは連絡をしてしまう“ハッピーバースデー”。離れてしまって、会わなくなってしまった相手のことを〈それでも想い合っていいんだよ〉と想い続ける“距離”。別れの言葉をいつまでも忘れない“火々”。これらの楽曲の主人公は、嫌だったことや汚い気持ちを吐き出すこともあるし、もしかしたら人によってはそれを痛々しく感じたり、愚かだと思ったりすることもあるかもしれない。
しかし、テクニカルでメロディアスだけど決して歌の邪魔をしない、むしろ歌と一体になったピアノ、そしてどこまでも真っすぐな歌声。それらが合わさってひとつの音楽になった時、そんな言動のすべてが肯定されて、美しい景色として変換される気がするのだ。なぜならどれだけ痛々しくて愚かでも、思っていたことは真っすぐだから。たとえ辿り着いた解答が間違いでも、そこに至るまでに考えたことは間違いではないはずなのだ(そもそも人の生き方に間違いなんてあるのか?)。これこそがヒグチアイの楽曲の魅力だと思う。
そして、その〈愚かでも真っすぐな人間の生き様〉というテーマをさらに拡大させたのが、アニメのエンディング曲になった“悪魔の子”なのではないだろうか。元々の楽曲が持つスケールの大きさに加えて、アイルランド発祥と言われる縦笛ティン・ホイッスルが醸し出す民族的な雰囲気や、室屋光一郎ストリングスによって表現される壮大さ、そして吉田雄介(tricot)による巨人の攻撃のごときドラムスなどによって、そのスケール感がさらに倍増しているこの楽曲。描かれるテーマ性も壮大なもので、同じ人間同士なのに生まれた場所や思想やほんのちょっと何かが違うだけで争ったり戦ったりしている一方で、誰かを守ったり愛したりもしている。そんな矛盾に満ちた自分の中に育つものを、〈悪魔の子〉という一言で表現している。
もちろんアニメのタイアップだから作品のテーマ性に沿ったということもあるだろうが、未曽有の事態が巻き起こり、どこかの国で戦争が起ころうとしているのはアニメの世界の中だけに限った話ではない。〈最悪最愛〉なのは、この世界そのもののことなのかもしれないのだ。醜くて、汚くて、残酷で、愚かな人間の矛盾すらも肯定し、圧倒的なスケールと美しさで描く。この“悪魔の子”には、シンガーソングライター、ヒグチアイの思想の究極形が詰まっているような気がするのだ。