ハバナイことHave a Nice Day!や壊れかけのテープレコーダーズで活躍する遊佐春菜が、ソロアルバム『Another Story Of Dystopia Romance』をリリースした。KiliKiliVillaの与田太郎がプロデューサーを務めた本作は、バンドの楽曲を、今を生きる女性の視点から新たに歌ったもの。コロナ禍以前、東京のライブシーンの象徴だったHave a Nice Day!が描いてきたものとは? そして、本作が語り直す〈もうひとつの物語〉とは? アルバム本編とディスク2に収められた全曲のリミックスを、音楽ライターの小野田雄が解説した。 *Mikiki編集部

遊佐春菜 『Another Story Of Dystopia Romance』 KiliKiliVilla(2022)

 

Have a Nice Day!が描くディストピアのロマンス

ハードコアパンクのモッシュに朝まで続くダンスフロアでの狂騒、ラッパーがメッセージをスピットする現場の熱狂。最低で最高な音楽が共有される現場、その床は、かつて信じられていた音楽が世界を変えるという共同幻想が散々に踏みつけられたように、いつだってドロドロに汚れている。その光景にネットカルチャー全盛の時代においても変わることがない現代社会の絶望と希望を重ね、ディストピアのロマンスを描き続けている浅見北斗率いるロックバンド、Have a Nice Day!。その一員としてキーボード、コーラスを担当しながら、ソロや壊れかけのテープレコーダーズをはじめ多彩な音楽活動を行ってきた遊佐春菜の7年ぶりとなるソロアルバム『Another Story Of Dystopia Romance』は、ソロアルバムであってソロアルバムではない不思議な作品だ。

 

ネット世代の女性を主人公にダンスミュージックの絶望と希望を語る

ソングライターの浅見北斗が制作に一切関与していないこの作品の首謀者は、Have a Nice Day!にかつてのパーティーシーンと同じエネルギーを感じ、2019年のアルバム『DYSTOPIA ROMANCE 4.0』で6曲のアレンジ、プロデュースを手掛けたレイヴ第一世代のDJ/プロデューサー、与田太郎。本作は、彼がHave a Nice Day!の過去曲から選んだ7曲にリアレンジを施しながら、新たなストーリーを編み上げ、遊佐春菜はその語り部として息吹きを注ぎ込んだ作品であり、ノンビートのアンビエントテクスチャーがボーカルを際立たせた“everything everything everything”やピアノリフを用いたモダンイタロハウス“Faust”をはじめとした表現世界はカバーアルバムとオリジナルアルバムの枠組を超えた広がりをみせている。

そのストーリーはネット世代の女性が主人公に設定されているが、背後に見え隠れするのは、90年代に出会ったレイヴカルチャーに身を捧げてきた与田のダンスミュージックを通じたシーン変革への大きな期待感とコロナ禍でフロアの熱狂が大きく損なわれたことで感じた絶望。そして、大きな何かを劇的には変えられないダンスミュージックが時として誰かの人生を変えうるものであることを、緩急が付けられたバレアリックなダンストラックは雄弁に語っている。

 

強い存在感を放つ7組による多彩なリミックス

そして、ダンスミュージックこそが物語の舞台であるからこそ、本作はオリジナルアルバムと一体となったリミックスアルバムも強い存在感を放っている。参加リミキサーは、ロックバンドからハウスDJ、プロデューサーへと劇的な転身を果たしたSUGIURUMNに、90年代のレイヴシーンでも暗躍し、現在はジャマイカンファンクバンド、井の頭レンジャーズで活動するDJ善福寺こと高木壮太。新進気鋭のハウスプロデューサー、House Violenceと自身のレーベル、UNKNOWN SEASONを主宰するYoshi Horinoのデュオに、プログレッシブハウスシーンで世界的に活躍するSatoshi Fumi。Traks Boysの一員にして、2020年にセカンドソロアルバムを発表したXTAL、ヒップホッププロデューサーのEccy、さらにトランスシーンで活躍してきたUbertmarこと磯谷健と与田が新たに立ち上げ、5月から作品リリースをスタートするアンビエントユニット、ReminiscenceForestからなる7組。

 

ダンスミュージックは世界を広げる想像力のトリガー

Have a Nice Day!の楽曲を起点に、DJ、プロデューサーである与田太郎の独自な視点と遊佐春菜のニュートラルなボーカルアプローチによって描かれるストーリーとサウンドは、ダンスフロアを熟知したプロデューサーがガイド役となり、多彩なダンスミュージックへ。SNSによって表面化した分断に、まだまだ収束したとは言えないコロナ禍や戦争など、かつて予想だにしなかったことが頻発している現実そのものがディストピア化している今、クラブカルチャーを取り巻く厳しい状況は続いているが、想像力によって、この『Another Story Of Dystopia Romance』が生まれたように、その世界を広げる想像力のトリガーとしてのダンスミュージック、そのロマンスが終わることはない。

 


RELEASE INFORMATION

遊佐春菜 『Another Story Of Dystopia Romance』 KiliKiliVilla(2022)

リリース日:2022年4月20日
品番:KKV-120
フォーマット:CD 2枚組
価格:3,300円(税込)

TRACKLIST
Disc 1
1. Another Story Of Dystopia Romance
2. everything, everything, everything
3. Midnight Timeline
4. Faust
5. Night Rainbow
6. Escape
7. 巨大なパーティー
8. everything, everything, everything beat reprise

Disc 2
Another Story Of Dystopia Romance Remixes
1. everything, everything, everything (beat reprise) (Sugiurumn Remix)
2. 巨大なパーティー (JAH善福寺 from 井の頭レンジャーズ Remix)
3. Escape (ReminiscenceForest Remix)
4. Night Rainbow (House Violence & Yoshi Horino remix)
5. Faust (Satoshi Fumi Remix)
6. ミッドナイトタイムライン (XTAL Remix)
7. everything, everything, everything (Eccy Remix)

 


PROFILE: 遊佐春菜
仙台出身のボーカリスト/キーボード奏者。2007年よりロックバンド、壊れかけのテープレコーダーズのボーカル/オルガン担当として活動。2014年、壊れかけのテープレコーダーズの『broken world & pray the rock’n roll』の発表後に、ソロプロジェクトに着手。2015年6月、ソロアルバム『Spring Has Sprung』をリリース。翌年、Have a Nice Day!のキーボード/コーラス担当として加入。また、壊れかけのテープレコーダーズの小森清貴とのユニット、komori+yusaをはじめ女性3人のバンドであるミチノヒなど多くのバンドやアーティストのサポートで活躍中。