「ポップなものでありたい。多くの人と繋がれる音楽だから」
父親はナイジェリア人、母親はルーマニア出身のジプシー。出生地はドイツのケルンながら、幼い頃に両親が離婚したため、兄弟と共に苦労しながら自身のルーツがどこにあるのかを模索しながら育ったという。だが、この日、取材にこたえてくれるべく目の前に現れた本人は、ナイジェリアのヨルバ語で〈喜び〉を意味する名前のとおり、大らかな笑顔が実に美しい女性だった。
今年34歳を迎えるそんなシンガー・ソングライターのアヨが通算4作目となるニュー・アルバム『チケット・トゥ・ザ・ワールド』を届けてくれた。軽やかで知的なメロディ・センス、ジャズ、フォーク、ソウルなどの要素を自然と絡ませたアコースティック・サウンド、そして彼女のその生き様を反映させたような穏やかかつ凛々しいヴォーカル……それはノラ・ジョーンズの作品を思わせるほどに洗練されている(実際、プロデューサーはそのノラを手がけたこともあるジェイ・ニューランド)。しかしながら、1曲目“ファイヤ”の歌詞はこんなにも衝撃的だ。〈都市は炎に包まれている/街は焼け落ちようとしている(中略)800万人が避難所を求めて逃げまどう/でも行ける場所などない〉。
「この曲の舞台となっているのはロンドン、パリ、ニューヨーク……この曲を作った頃に滞在していた様々な町。都市では常に何らかの暴動が起こっているでしょ。例えば日本だと東京には自殺者が多いと聞く。結局その背後にあるのは政治や社会への不信感、不満なのよね。でも、この曲で私が伝えたかったのは、そういう状況と戦えということではなく、都市は孤独なんだということ。私は都市でも田舎の町でも、とにかく地球そのものを愛しているのよ。今回のアルバムにもそういう思いが込められているの」
スティーヴィー・ワンダー、ボブ・ディラン、フェラ・クティなどから、時のヒット・ポップスまで幼少時より様々な音楽に触れて育ち、いわく「私が音楽を選んだのではなく、音楽が私を選んだの」という運命に導かれるように、アコースティック・ギターを手にして世界中をまわり始めるようになったアヨ。結果、あらゆる音楽、あらゆるアート、あらゆる民族、あらゆる社会に対し分け隔てなく接するというリベラルな思想に辿り着く。例えば、ニュー・アルバムにはポップスのスタンダード“サニー”と、映画「シュガーマン 奇跡に愛された男」で描かれた伝説のシンガー・ソングライター、ロドリゲスの“アイ・ワンダー”という両極端な2曲のカヴァーが収録されている、という具合だ。
「本音を言うと小さい頃は数え切れないくらいつらい思いをしてきた。私だけ肌の色が違うことを恨めしく思ったりもして、そのつらさをポジティヴに転換するために神様が音楽を私に与えてくれたんだと思う。だったらその可能性に応えていかなきゃ神様に失礼でしょ?(笑) ロドリゲスは私にとってボブ・ディランと同じくらいに影響を受けた偉人。今も彼の曲にはすごくインスパイアされているわ。一方、《サニー》は私が初めて自分のお金で買ったレコードなの。そのどちらにも愛情を傾けることが私の使命だと思う」
家ではギターやピアノを用い、旅先では頭に浮かんできた歌詞やメロディをササっと書き残して曲を作っているそうだが、常に心がけているのは、歌いたい言葉、メロディが出てくる時を逃さないようにしていることだと語る。
「次のアルバムは歌とアコースティック・ギターだけで作ってみたいし、ヒップホップ・アーティストとガッツリ組んでみたいし……って感じでアイデアは色々とあるんだけど、どんな場合でもポップなものでありたいということは忘れないようにしているの。なぜなら、それが自分にとって一番自然なスタイルだし、多くの人と繋がれる音楽だから」
デビュー当時、まだ自らのアイデンティティ・クライシスにさいなまれていた彼女は、“アフリカ”という曲を作り、その歴史や民族性を見つめ直したりもしたという。だが、様々な地域や町を訪ねていく中で、ある確信を得たと静かに口を開く。
「私は今はパリに住んでいるけど、また別の場所に移るかもしれない。でも、大事なのはどこがホームタウンかということではないの。離れていても両親に愛されていたからこそ今の私があるように、心の中に故郷がある以上、どこにいても曲が書けるし、歌を歌い続けることができるでしょ?」