©David McClister

〈いとしのレイラ〉の着想源〈ライラとマジュヌーン〉にインスパイアされた新作が登場。4部構成から成るバンド史上最高の大作は、彼らのクリエイションにどう作用したのか?

 新世代3大ロック・ギタリストの一人に数えられるデレク・トラックスと、5度もグラミーにノミネートされたシンガー/ギタリストのスーザン・テデスキが率いる大所帯ブルース・ロック・バンド――テデスキ・トラックス・バンドといえば、昨年リリースしたライヴ・アルバム『Layla Revisited (Live At LOCKN’)』が高い評価を得たのも記憶に新しい。デレク&ザ・ドミノスの名盤『Layla And Other Assorted Love Songs』(70年)を再現した同作は、ヴァージニア州アーリントンで2019年8月24日に行われた〈LOCKN’ Festival〉において、トレイ・アナスタシオ(フィッシュ)とドイル・ブラムホール2世を迎えた編成でのパフォーマンスを記録したものである。つまりはコロナ禍に見舞われる前の録音だったわけで、実際の彼らは〈世界屈指のライヴ・バンド〉として身動きが取れない状況にあった。

 とはいえ、その間の彼らはただ手をこまねいていたわけではない。ツアーができないなかでメンバーたちはライティング・セッションを行ったそうだが、そのなかでメンバーのマイク・マティソン(ヴォーカル)が“Layla”の原案にあたる12世紀スーフィーの詩人、ニザーミーの恋愛譚〈ライラとマジュヌーン〉をコンセプトとして提案したという。『Layla Revisited』の旅には、エリック・クラプトンのオリジナルの、さらなる原典へと遡る続きがあったということである。

 マイクの提案を受けてメンバー全員が〈ライラとマジュヌーン〉を読み、原作のさまざまな部分に着想を得て曲作りに取り組んだ。デレクによるとそのプロセスが〈『羅生門』のようにひとつの物語をさまざまな視点から見た作品〉を形成していったそうで、結果的にその作業はバンドのキャリアでもっとも野心的な大作プロジェクトへと発展する。スタジオ録音のオリジナル・アルバムとしては『Signs』(2019年)以来の5作目に位置付けられるトータル2時間強の新作〈I Am The Moon〉は、全4章がセパレートされた形で、ほぼ毎月1枚のペースでリリースされることになったのだ。

 曲作りはマイクが主導し、デレクとスーザン、タイラー・グリーンウェル(ドラムス)、そして2019年に加入したゲイブ・ディクソン(キーボード)が中心となって進められた。ここまで腰を据えて曲作りに取り組める機会はバンドにとって初めてだったようで、2020年の後半には全曲が揃い、ほとんどのレコーディングは2021年の前半にフロリダ州ジャクソンヴィルのホーム・スタジオ=スワンプ・ラーガ・スタジオで行われたという。もちろんコンセプトに縛られた難解で大仰な作品になるはずもなく、全員でひとつの普遍的なテーマを共有して取り組んだ楽曲は、ブルースやロック、ニューオーリンズ・ソウル、カントリーやゴスペル、ジャズ、サイケデリックなど、このバンドらしい伝統的かつ野心的なものに仕上がっている。シンガー・ソングライター的な曲もあれば10分超のインスト・ジャムもあり、曲ごとのスタイルもさまざまだ。

 このプロジェクトからはすでに第1章『I Am The Moon: I. Crescent』と第2章『I Am The Moon: II. Ascension』がリリース済みで、7月末には第3章『I Am The Moon: III. The Fall』、8月末には第4章『I Am The Moon: IV. Farewell』が控えている。それぞれのリリースに付随してはアリックス・ランバート監督による映像「I Am The Moon: The Film」も連作として公開され、物語の理解をさらに深めるための作品となるはずだ。今回の取り組みは今後のバンドのソングライティングの在り方を変えるかもしれない……ということで、テデスキ・トラックス・バンドの進化はまだまだ意欲的に続いていくことだろう。

テデスキ・トラックス・バンドの連作。
左から、『I Am The Moon: I. Crescent』、『I Am The Moon: II. Ascension』、7月29日にリリースされる『I Am The Moon: III. The Fall』、8月26日にリリースされる『I Am The Moon: IV. Farewell』(すべてFantasy/ユニバーサル)

 

左から、テデスキ・トラックス・バンドの2021年のライヴ盤『Layla Revisited(Live At Lockn')』、テデスキ・トラックス・バンドの2019年作『Signs』(共にFantasy)、ゲイブ・ディクソンの2021年作『Lay It On Me』(Rolling Ball)

 

デレク・トラックスが演奏で参加した近作。
左から、エルトン・ジョンの2021年作『The Lockdown Sessions』(Rocket/EMI)、ニール・フランシスの2021年作『In Plain Sight』(ATO)、エドガー・ウィンターの2022年作『Brother Johnny』(Quarto Valley)