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ヨッちゃんの歌詞の秘密は〈黒板〉にあった

――The Good-Byeのメインコンポーザーは野村さんと曾我さんですが、野村さんが詞、曽我さんが曲という形が多いですよね。それはどうしてなんでしょう?

野村「……なんでだろう? 当時は僕がまだ高校生で、夜間に通っていたから、17時から授業だったんですね。僕が学校に行っている間に他の3人がレコーディングを進めて、僕は授業中に、その前に録音したものをウォークマンで聴きながら詞を書いていたんですよ。たぶん、それが大きいんじゃないかな? その授業が古文・漢文だったりすると、〈愛する愛して愛したら〉(84年作『ALL YOU NEED IS…グッバイに夢中!』収録曲“にくめないのがニクイのサ”)という3段活用の歌詞になる(笑)。そんなことを繰り返してたら〈お前、歌詞書けんじゃん!〉と僕に回ってきたんじゃないかな」

The Good-Bye 『ALL YOU NEED IS…グッバイに夢中!』 ビクター(1985, 2004)

――“にくめないのがニクイのサ”の歌詞は素晴らしいですよね。

野村「数学の授業だったら、ああいう詞になってなかっただろうね」

衛藤「〈サイン・コサイン・タンジェント〉になってたかも(笑)」

野村「そうそう(笑)。そこに秘密がある。目の前にあった黒板にね!」

――“にくめないのがニクイのサ”は、好きな女の子に対する気持ちが揺れ動いていて定まらない感じが良いですよね。

曾我「すごく義男っぽいなと思う」

野村&曾我「(声を揃えて)〈♪夜更けのTEL僕だとわかっていても/君は知らんぷりして でる でない〉」

衛藤「出ないんじゃん(笑)!」

野村「学校で勉強はしなかったけど(笑)、物語を作るのは好きになったかもしれません。曲をドラマにしたかったんですよ。それは、後半戦のほうが多いかもしれないけど。

最初の頃は、〈キャッチーで他の人が使わない言葉って何だろう?〉と考えていました。カタカナとひらがな、英語を全部混ぜたら、日本だけのものになるんじゃない?と思って作ったのが“YOU惑-MAY惑”(84年作『Good Vibrations』収録曲)です」

曾我「ジャニーさんが大絶賛してたよね」

The Good-Bye 『Good Vibrations』 ビクター(1984, 2004)

――〈YOU惑 MAY惑 ワクワク〉! 最高です!! 初期の野村さんの歌詞はシュールでポップでキャッチーですよね。

 

“P.S. LOVE ME DO”の作曲秘話

――衛藤さんが曲を書いたのは“P.S. LOVE ME DO”(85年作『ALL YOU NEED IS…グッバイに夢中!』収録曲)が最初でしょうか? それ以前に“愛 See Tight”で歌声を披露されてましたが。

衛藤「実は、“P.S. LOVE ME DO”は名前を載せていただいてる、くらいの感じなんですよ(笑)」

曾我「あれはね、僕が書いたの(笑)。僕が思いついたメロディーを口ずさんで〈これ、浩一くんが覚えてたら浩一くんにあげるね〉と言ったら、本当に覚えてて。それを膨らましていった曲なんですね」

――そうだったんですね!? 衛藤さんが曲を作るようになるスピードがビートルズのリンゴ・スターよりも早いので、すごいなと尊敬していたんです。

衛藤「でしょ(笑)?」

――ちなみに、“愛 See Tight”は、最初は野村さんが歌う予定だったのでしょうか?

野村「もちろん。The Good-Bye始動の1年以上前からある曲だから。僕が歌うものだと思ってたけど、〈歌え〉って言われないなと思ってたら、衛藤さんが歌ってたという(笑)」

曾我「バランスや振り幅を考えていたのかもしれませんね。(『HELLO! THE GOOD-BYE』は)1枚目だからヨッちゃんの曲だけにせず、バンドの作品として成立させようとしたんじゃないかなと」

野村「そうだろうね」

曾我「ぱっつぁんが作ったのに、自分で歌えなかった曲もあったね」

――“昨日まではFunny Boy”ですね。

曾我「だから、ぱっつぁんはずーっとファーストアルバムを……」

衛藤「〈嫌いだ〉って言ってたよね。セカンド(84年作『Good Vibrations』)のほうが好きだって」

曾我「“Going Home”で歌ってるからね」

 

歌詞を書きにくい曲ほど燃える!

――ちなみに、The Good-ByeのシングルB面曲のクォリティーがめちゃめちゃ高いのはなぜなんでしょう?

野村「B面のほうが自由だったから。A面は〈絶対この曲〉〈これがキャッチーだよね〉と決めつけで作って、裏面は〈こういう曲もあるし、これでいいんじゃない?〉と感覚的に、自由に作ってましたね」

――そうだったんですね。それと、野村さんと曾我さんの共作曲はユーモラスな遊びのあるものが多いんですけど、単独作品になるとクールでちょっとシリアスな曲が多いのはなぜなんでしょうか?

野村「一人で詞と曲を書くと、自分の作品と考えて真面目になるからじゃないですか? 〈真面目〉という言い方は変かもしれないけど、自分一人だから責任を取らなきゃいけない。

でも、2人で曲を書くとなったら〈これに詞は付けられないでしょ!〉なんてメロディーを考えることもできる。それで、詞を書くほうは〈くっそ~、絶対書いてやるよ、しかも変なものを!〉と燃える(笑)。それが、The Good-Byeのシングルのおもしろさだったのかも。“気分モヤモヤ サラサラ チクチク”(85年作『4 SALE』収録曲)なんてまさにそうだね」

The Good-Bye 『4 SALE』 ビクター(1985, 2004)

――あの詞はヤバいですね(笑)。

野村「僕としては、あの曲はT・レックスだったんですよ」

――“Solid Gold Easy Action”ですよね。

野村「そうそう!」

T・レックスの72年のシングル“Solid Gold Easy Action”

――The Good-Bye史上、もっとも実験的な歌詞だと思います。

野村「一文字ずつ歌うわけだからね(笑)」

曾我「あれ、どっちかが間違えたら最悪だからね(笑)。意味が通じなくなっちゃうから。でも、TVの生放送で何回か失敗したよね(笑)」

衛藤「スリリングだったね~(笑)!」