90年代初頭のアシッドハウス全盛期、当時のUKの若者の逃避願望を原動力に、心地よい感覚麻痺をもたらす強烈な轟音表現を携えた、のちにシューゲイザーとしてジャンル化されるサウンドが鳴らされてから30年が経った。しかし、現在まで、あのフィードバックノイズの残響が途切れることはついになかった。いわゆるロックミュージックが、アフリカ系コミュニティー由来の音楽性から背を向け、白人の低所得者層~中産階級のジェネレーションXの内省的な心象に奉仕するようになった時代。そのような流れの中で育まれたサウンドデザインが、今日に至るまでこれほどの影響力を持つとは一体誰が思っただろうか。

現在シューゲイザーはオルタナティブロックにとどまらない、ブラックメタル、ニューエイジ、IDM、ブレイクコアなどに及ぶ広大な影響圏を成しており、今回取り上げる明日の叙景『アイランド』も同様の流れに位置づけられるだろう。ブラックメタル譲りの強靭なヘヴィさを湛えたギターノイズと、エモロック由来の流麗なアルペジオが、今作においては同じ透明度を持つ。そして優れて抒情的でありつつ、感傷に溺れた冗長さとは無縁のソリッドなリリックが、こびりつくような熱気と湿気が疎ましくも鮮烈なあの季節を、否が応でも聴き手に思い起こさせるだろう。

そんな『アイランド』の描き出す夏の情景は、近年のシューゲイザーリバイバルの先陣を切ったロンギヌス・レコーディングズ(Longinus Recordings)出身のアーティストである韓国のパラノウル(Parannoul)やエイジアン・グロウ(Asian Glow)、ブラジルのソニョス・トマム・コンタ(sonhos tomam conta)とも共振するものだ。そして明日の叙景を含めこれらのアジア圏を中心とするアーティストは同じ風景を、90年代末から2000年代初頭の日本で勃興し一部が〈セカイ系〉と呼ばれるに至ったサブカルチャーの風景を共有してもいる。

アングロサクソンのジェネレーションXから日本のオタク文化の愛好者まで、内省性と逃避願望を通奏低音とするこの偉大なる撤退戦の旅路は、ついに明日の叙景『アイランド』において完璧な夏の日のエモーションを表現するに至った。これが単なる負け犬の慰めに過ぎないかどうかは、ひとまず彼らの轟音に身を晒してから判断すればいい。

 


RELEASE INFORMATION

■ストリーミング
リリース日:2022年7月27日
配信URL:https://linkco.re/61bxNbFB

■CD
リリース日:2022年8月17日
品番:AJCD-005
価格:2,750円(税込)

TRACKLIST
1. 臨界
2. キメラ
3. 見つめていたい
4. 土踏まず
5. 歌姫とそこにあれ
6. 美しい名前
7. 忘却過ぎし
8. 甘き渦の微笑
9. 子守唄は潮騒
10. ビオトープの底から
11. 遠雷と君

作詞:布大樹 作曲:明日の叙景

 


PROFILE: 明日の叙景
2014年結成。東京を中心に活動するポストブラックメタルバンド。2016年にファーストEP『過誤の鳥』をリリースし、台湾で公演を行う。2018年にはファーストアルバム『わたしと私だったもの』をリリース。その後、中国5都市を回るツアーを敢行した。2020年にセカンドEP『すべてか弱い願い』、2021年にデジタルシングル“キメラ”“ビオトープの底から”と継続的に作品を発表している。