ただ楽器と音楽が好きな人
――新作『catharsis』についてはどんな印象でしたか?
「まず最初に配信された“firebird”がすごくよくて。今までのコヴェットはTTNGとかチョン(Chon)とか、いろいろなバンドの影響を感じさせつつ、リフが前に出ていて、〈イヴェットのバンド〉というか〈イヴェットがやってるコヴェット〉みたいな感じだったけど、“firebird”はもっとシンプルにメロディーが前に出ていて、めちゃめちゃポップだなと思いました。
もともと僕が彼女のギタープレイで好きなところって、テクニカルな部分よりもメロディーの部分なんですよね。これまで演奏してきた楽器によって、培われるメロディーの感覚が異なると思うんですけど、彼女はピアノもバイオリンも弾くから、マルチインストゥルメンタリストならではのメロディーセンスを持っていて、そこがすごく優れてるなって」
――たしかに、初期はまずイヴェットのギターがあって、そこにリズム隊がくっついてる感じだったけど、『technicolor』(2020年)からはより曲そのものを意識して、ギターもその構成要素のひとつになってきた印象があって、『catharsis』はよりそうなっているなって。
「〈イヴェットがやってるコヴェット〉から〈コヴェットをやってるイヴェット〉に変わってきた感じがしますよね。
ギターのサウンドメイクで言うと、前はわりとサクサクした感じの、軽めのサウンドで、それはチョンのサウンドメイクに近いものを感じてましたけど、今はもう少しどっしりして、温かみのあるサウンドメイクになっています。『technicolor』のときは少し歪みを強めたり、いろいろ実験をしてきて、今が一番いいバランスで、気持ちよく聴けるなって。“firebird”はこれまでで一番好きかもしれない」
――もともとどの曲が好きでしたか?
「最初に衝撃を受けたのは“Hydra”(2015年)で。これまでは自分が思いつかないようなフレーズを聴いて、〈やられた〉と思うことが多かったんですけど、“firebird”はもっと純粋に〈いい曲だな〉と思ったんです。ギターインストに依存してないというか、シンプルにインスト音楽として優れてるなって。
彼女は自分のことをなんて言ってるんでしょうね? 〈ギタリスト〉とは言ってなさそうな気もする。〈マルチインストゥルメンタリスト〉とか、普通に〈ミュージシャン〉とか……どうなんだろうなって。あんまりギターに固執してない感じも見受けられますよね」
――ちなみに、Ichikaさんは?
「自分から〈ギタリスト〉と言うことはあんまりないです。もちろん、Ichika Nitoとしてのルーツ楽器はギターだから、〈ギタリスト〉と言いたい気持ちもなくはないんですけど、でも本心としては……〈ただの楽器好き〉くらいの気持ちというか(笑)。
極端に言うと、楽器なら何でもいいんですよね。費やしてきた時間が一番長い楽器がギターだから、一番得意ではあるんですけど、同じ時間だけベースやハープを弾いてたら、今のギターくらいのことはできると思うんです。
他にもやりたい楽器は無限にあるし、ただただ楽器と音楽が好きな人なんですよね。イヴェットにはそういう部分でもシンパシーを感じます」
お互いファンタジーのオタク
――『catharsis』の全体的な印象はいかがですか?
「全体を通して音像がすごく広くなりましたよね。今まではわりと小さな部屋で、音像のスケールとしてミニマルな感じがよかったりもしたけど、このアルバムで一気に開けたなって」
――今作からリズム隊がベースはブランドン・ダヴ(Brandon Dove)に、ドラムスがジェシカ・バルドー(Jessica Burdeaux)に変わっていて、その影響も大きいでしょうね。
「(アーティスト写真を見ながら)あれ……このドラマー、たぶん僕、友達です。(スマホで検索をして)あ、やっぱりそうだ。顔が似てると思ったんですよ。
彼女はもともとロブ・スカロン(Rob Scallon)っていうギタリストのYouTuberとよく一緒に曲を作っていて、ロブとコラボをしたときに彼女も参加をしていて。まさかコヴェットに入ってたとは(笑)」
――5曲目の“interlude”以降はピアノやバイオリンがフィーチャーされていて、最後の“lovespell”ではサックスも使われていますね。
「彼女のピアノソロの動画とかを見ても思うんですけど、メロディーセンスやコードワークは久石譲の影響をすごく感じます。彼女、めちゃめちゃ日本のカルチャーが好きですからね」
――坂本龍一も大好きみたいですね。
「ホントにその2人は偉大ですよね。ティムも大好きだし、僕ら界隈のギターコミュニティーにいる人たちはみんなその2人が大好き。世界中のミュージシャンに影響を与えてますよね。実際にティムと曲を作っていて、〈この曲のリファレンスは久石譲の“Summer”なんだ〉と言われたこともあります。
あと僕とイヴェットの親和性の高さでもう一個外せないのが、お互いファンタジーのオタクなんです」
――イヴェットはこれまでも「ネバーエンディング・ストーリー」絡みの曲タイトルをつけてたりしますよね。
「そうそう。『ネバーエンディング・ストーリー(はてしない物語)』はまさに僕らの愛読書だし、今回曲名になってる“merlin”も海外のファンタジー小説のタイトルで。
僕らは魔法とかおとぎ話が大好きなんです。そこは今回のアートワークにも出てると思います。求めるものが現実主義ではないというか、〈空想物語を作りたい〉という気持ちがあるんですよね」
――〈エスケーピズム〉みたいなこととも関連があると思いますか?
「現実からの逃避が念頭にあるというよりは、自分たちの知らない新しい世界に連れて行ってくれるものに対する憧れが強いのかなって。もちろん、そこは表裏一体ではあると思うけど、自分たちの意識として強いのは〈憧れ〉の方だと思います。彼女は今回このジャケットみたいな世界を作ろうとしたんだと思うし、聴く人もそれぞれが空想的でドリーミーな世界を頭の中に浮かべることができる。そういうアルバムだと思いますね」