
たなか、Ichika Nito、ササノマリイによる新バンドがいよいよアルバムを完成――類稀な創造性と技量と信頼関係で築かれた圧倒的な『CASTLE』に迫る!
三人ならではの持ち味
ぼくのりりっくのぼうよみとしての表現に区切りをつけ、その後は楽曲提供や客演、さらには俳優/文筆業などさまざまな動きを見せてきたシンガー・ソングライターのたなか。UKのギター雑誌「Total Guitar」の〈読者が選ぶ史上最高のギタリスト〉で8位に選出、YouTubeのチャンネル登録者数も200万人を超える実力派ギタリスト/コンポーザーであり、川谷絵音らとのインスト・バンド、ichikoroの一員としても活動するIchika Nito。ボカロPからシンガー・ソングライターへ転向し、以降は自身の作品以外にもトラックメイカー/プロデューサーとして多くの外仕事を手掛けてきたササノマリイ。ソロ・アーティストとして各々の道を歩んできた三つの才能が集結したバンド、Diosがデビュー曲“逃避行”をもって突如シーンに現れたのは昨年春のことだ。
お互いの楽曲でタッグを組んだ経歴のあるたなかとササノの相性の良さは言わずもがな、そこに加わった新たな武器は、「ペリフェリーとかヴェイル・オブ・マヤとか、リフの作り方が複雑怪奇な、数学的なアプローチをするもの……ジャンルで言うとジェントとかの、脳汁がじゅわっと出るような音楽を聴いて育ってきました」というIchikaの幾何学的なギター・フレーズ。深みのある陰りとセンシティヴな揺らぎ、どこか透徹した空気感──Ichikaとササノが立ち上げるそんな音像を背に、たなかの紡ぐメロディーが切迫した叙情を解き放つその音楽性には、三人ならではの持ち味がよく表れていた。
こうした先行曲群で自身の振り幅を開示してきた彼らが、ついにファースト・アルバム『CASTLE』を完成。その制作は、たなかが各曲のイメージをプレゼンしたことから始まったという。
「パワポの資料を作っていって(笑)。Ichikaは外国のファンタジーがすごい好きなんで、そこから引っ張ってきたりして」(たなか)。
「『ミッケ!』とかね」(Ichika Nito)。
「そうそう。そういう世界観でこういうイラストを見たとき、どういうものを作りますか?みたいな感じで二人に投げて」(たなか)。
多様な創作の成果
その例としてまず挙がったのが、〈暖炉〉からイメージを広げたという“残像”。生ハープのエレガントな調べとファルセット交じりの繊細な歌い口、それらを淡く包む透明感あるアンビエンスがたまらなく美しい一曲だ。
「この曲は、三人で球をパスし合うごとにテーマもアレンジもどんどん変わっていっておもしろかったですね。最初はギターのソロで、ゆったりと温かい感じの曲にしてたんですよ。で、ササマリがトラックを付けてちょっと豪華になったと思ったら、たなかがすごく暗い歌メロを入れてきたんですよね」(Ichika)。
「演歌みたいなやつね」(たなか)。
「そこからもう一回僕がアレンジするってなったとき、もうハープを足してしまおうとめちゃめちゃ弾きまくって。あと、今回はペースも数曲自分で弾いていて、“残像”ではサビの2拍のところでオケが消えて、ベースのスラップが前に出るようにしてみたり、“天国”ではDiosならではのファンキーな生感や揺れを残したくて、ベースをあえて最後に録ったり。ワンフレーズずつ確認しながら弾いていて、気合が入ってます」(Ichika)。
Ichikaのギターを発端とする楽曲はまだまだ続く。「サビメロは三人で作っていて。各々らしさが入ってるので、わかる人が聴いたら誰がどの部分かわかると思う」(ササノ)という軽快な生音エレクトロニカ“Bloom”、「サビ終わりのギターがすごく好きなんですよ。森の奥の深いところで無数のバネが跳ね回ってるみたいなイメージで。歌詞はそこから動きの拡散性の話、波の話と連想して書きました」(たなか)という“断面”、そして、悲壮感漂うギターとピアノのミニマルなフレーズに〈夏特有の焦燥感〉を重ねたという“Misery”。自身との対峙を綴った言葉が多く見られる本作のなかでも、この曲の詞は特に重いものだろう。
「夏って何か、焦りが生まれがちじゃないですか? 僕、部活に入ってなかったんですけど、夏休みになって同級生は何かをしているのに自分はゴロゴロしてていいのか?……みたいな。そういう気持ちに駆られていたからっていう説がありますね(笑)。“Misery”は雪山で自死するってことを示唆してるんですけど、その後、うだるような暑さのなかで溶け切って、雪解けの頃に発見されるっていう……暗っ(笑)! でも、この頃はガチで暗いものが好きな時期だったんですよね」(たなか)。
表現の限界を飛び越えられる
一方、ササノのトラックを基とする2曲にも突出したカラーが。見世物小屋を想起させるダンス・ポップ“Virtual Castle”、ハードな攻撃性を剝き出しにする“紙飛行機”と、いずれもいい意味で聴き手を翻弄する仕上がりだ。
「“Virtual Castle”はたなかのリクエストで、〈舞踏会〉ってテーマで作っていて。僕、聴く側としてはパーリーピーポーな、明るめの曲も好きなんですよ。あと民族音楽系、ジプシー・ジャズとかも好きで、今回はジプシー・ハウス的なものをやってみました」(ササノマリイ)。
「歌詞は、実在する城の舞踏会について書いてもつまらないので、〈ヴァーチャルな舞踏会〉にしようと。幻の城で踊っている女の子がいて、そこに迷い込んだ旅人がいて。でも本当は、そこは原っぱで……みたいな。イメージとしては、宮沢賢治の『注文の多い料理店』のオチ感ですね」(たなか)。
「“紙飛行機”は、もともとはたなかの動画の企画用のもので。ラップ・バトルに用意されるビートのような……激しめで、僕の思うカッコいいビートが元になってます。ただ、展開のないものだったから、Bメロやサビのコード進行をIchikaがギターで返してくれたり、たなかが〈急な場面転換が欲しい〉って言ってくれたりで……」(ササノ)。
「(歌詞の)回想パートですね」(たなか)。
「それで、ジャジーなパートを入れ込んであの形になりました。作ってて楽しかったです」(ササノ)。
緻密な構築美と豊かな情感を備えたIchikaのギター、自在に伸縮するたなかの歌と旋律、リズム・オリエンテッドなそれらの要素をまとめ上げるササノのトラック。この邂逅は、個々の創造性にも大きな影響を与えたようだ。
「自分一人だったら表現の限界だって思うところを飛び越えられるっていうか。自分の発想にないものを二人からもらえることによって新しいものが作れてるし、自分自身の意欲にもものすごく繋がっていて。音楽をやっていくこと自体への力を貰えているっていうのはありますね」(ササノ)。
「Diosを組む前にもいろいろなミュージシャンと共演したことはありましたけど、同じメンバーと長い時間をかけて、音楽的なこと以外も含めた信頼関係を築いて──言わば、背中を預けられる仲間が出来て、一緒に音楽を作るっていう経験は今回が初めてで。無茶なアイデアを放り込んでもあとを任せられるし、自分も自由に動けるっていうのは、得難いことだと思ってます」(Ichika)。
「制作のやり取りをしていて、二人から〈出来たよ〉ってDropboxのURLが届いたときのワクワク感がものすごいんですよ。〈こんなものが出来るんだ〉っていう素朴な喜びが毎回あって。あと、バンドだとライヴをやったあとに良し悪しの感想を分かち合えるのもいいし、それは誰とやってるかも大事だと思うんで、いろんな意味でラッキーだなって思いますね。歳を取って老人ホームに入っても、三人で一緒にライヴしたいです」(たなか)。
関連盤を紹介。
左から、ササノマリイの2021年作『空と虚』(ソニー)、ichikoroの2019年のEP『Bob』(ichikoro)、Gorilla Attackの2020年作『GORILLA CITY』(A.S.A.B)、たなかが楽曲提供した2021年作『ヒプノシスマイク-Division Rap Battle- 2nd D.R.B Fling Posse VS MAD TRIGGER CREW』(EVIL LINE)、たなかが楽曲提供した葛葉の2022年作『Sweet Bite』(ユニバーサル)、ササノマリイが楽曲提供した楠木ともりのニューEP『遣らずの雨』(SACRA MUSIC)
