街でこの3人のポスターやレコード・ジャケットを見かけたら、間違いなく気になって振り返るだろう。パリを拠点に活動するバンド、オラクル・シスターズ。ベルギーで共に育ち、14歳の頃から一緒にバンドを組んでいたというルイス・ラザーとクリストファー・ウィラットが、フィンランドからやってきたユリア・ヨハンソンとパリで出会ったことから、このバンドは生まれた。
2020年に配信リリースされたファーストEP『Paris I』、翌年のセカンドEP『Paris II』はヨーロッパを中心に大きな評判を呼んだ。画業でも高く評価されているルイスが主導したスタイリッシュなアートワークと、サイケデリックかつドリーミーなサウンドは、USインディー的なカジュアルさやDIY感覚に、ヨーロッパ的な美学の魔法を振りかけたようにも感じられる。
とりわけ女性メンバーのユリアがドラマーであることで、ヨ・ラ・テンゴとの共通点を感じるリスナーは海外でも多いという。まずはそんな評価について、ルイスにメール・インタヴューで尋ねた。
「ヨ・ラ・テンゴのライヴは2015年に東京で一度観たことがある。彼らと僕らが音楽的に参照しているものや、それぞれを取り巻く文化は違うと思うけれど、本質的に似ているところはけっこうあるかもしれないね」。
高水準のライヴ・パフォーマンスもヨ・ラ・テンゴの魅力のひとつだし、オラクル・シスターズにはその面でも共通していることを期待してしまう。ぜひ近いうちに来日公演が実現してほしいところだ。
そして、いつか来たるその日に向けての最高の予習教材となる作品が、ついに発表されたファースト・フル・アルバム『Hydranism』。タイトルは、コロナ禍にあって彼らが自分たちの創造の場に選んだギリシャのイドラ島にちなんでいる。
「これは、パンデミックの真っただなかにあの島で見つけた自由な精神や、創造的なエネルギーが湧き出ている心の状態を要約したタイトルなんだ。つまり、イドラ島を讃えた楽曲集という意味。加えて、イギリスの詩人、ジョン・ダンの〈No Man Is An Island(人は孤立して生きるものではない)〉をレコードの形で表現しようとしたとも言える。誰もが困難を抱えていた時期だからこそ、人間的な感情や、心地良さを作品に繋ぎとめたかった」。
そんな彼らの心境は、アルバムから先行で配信されてきた楽曲“Tramp Like You”“Hot Summer”“RBH”にも表れていた。アルバム『Hydranism』には、ボヘミアン的なロマンと現状を切り開こうとする意志、そして音楽への広い好奇心がサウンドのなかに脈打っている。ジャケットに使われた彼らのモノクロ・ポートレートがそう思わせるのかもしれないが、3人は19世紀のフランスで広まった自由な芸術を標榜する展覧会〈アンデパンダン〉に集う者たちのようにも見えた。
そういえばひとつ、訊いておきたい質問があった。女性メンバーはひとりだけで、誰も血縁関係はないのに、なぜバンド名は〈オラクル・シスターズ(神託を呼ぶ姉妹)〉なのだろう?
「アメリカ映画『ウォリアーズ』(79年)を観て、ギャングみたいな名前にしようと思った。このバンドの精神と音楽を要約したものでね。僕らは、人生の神秘的な側面に傾倒している。だから、この名前はぴったりだと思いついたんだ」
ウォルター・ヒル監督の「ウォリアーズ」は、NYで暮らす本物のストリート・ギャングたちを出演させたアウトロー青春映画の傑作だ。その言葉を聞いて、彼らの音楽や佇まいにファッショナブルなアート志向だけでなく、約束事に縛られない遊び心や現状への反抗心みたいなものがふつふつと湧き立っているわけもわかった気がした。
オラクル・シスターズ
ルイス・ラザー、クリストファー・ウィラット(共にヴォーカル/ギター)、ユリア・ヨハンソン(ドラムス)から成るパリ拠点のバンド。ストロークスのニコライ・フレイチュアらと組んだサマー・ムーンの元メンバーとしても知られるルイスが、幼馴染みのクリストファー、フィンランドからフランスに来ていたユリアと結成。2020年と2021年にリリースした2作のEP『Paris I』『Paris II』が注目を集め、このたびファースト・アルバム『Hydranism』(22Twenty/Pヴァイン)をリリースしたばかり。