箏でひらく未知のグルーヴ
聞こえてくるのは紛れもなく箏の音なのだが、広がるのはさまざまに真新しい光景だ。異境の風景を次々に手繰り寄せるようでもあり、かといって懐かしさを手離すものでもない。
LEOの6作目となるアルバム『GRID//OFF』には、箏奏者としてのしっかりしたアイデンティティの先に、彼がつよく柔軟に求めた自由の広がりがさまざまに織りなされている。
「グリッドはExcelとかでいう枠のことで、タイトルは枠から離れる、飛び越えるみたいなイメージ。フレームから出るというか、〈こうだよね〉みたいなところから出て、新しいものを提示するニュアンスで名づけました。本当にいまいろいろなものが混じっているから、自分の音楽はジャンルで区切らずに自由に表現したいなという反骨心みたいのもちょっとあるかもしれないです」
枠を外すということは、ひとまず枠がなければできないことだろう。外への問いかけという意味だけでなく、伸びやかで自由にみえるLEOにもやはり、内面にはなんらかのグリッドはあったのだろうか?
「いままでのアルバムでは〈箏らしさ〉をどう表現するかということにすごく意識が向いていました。今回は逆にそこから離れて選曲の段階から〈箏でなにができるか〉を念頭に置いて、アレンジも演奏もしました。まったく箏と紐づかないところから選曲したので、演奏するのはたいへんなんですけれども、向いているベクトルは今までとは全然違う感じになっています」
越境ではなく、枠を外す。そうして、LEOのやわらかな心が精妙な技術をもって、好きな音楽に、まっすぐ手を延ばしていることがよくわかる。
「グルーヴのある音楽が好きというところから始まって、それが一貫性になって選曲した感じです。グルーヴということを考えて、リズムのとりかたをみつめ直したおかげで、古典の作品の間を表わすにも、意図しないリズムのぶれに以前より気づけるようになった。新しいことをやることで、古い音楽をやるときの新しい気づきみたいなものが出てきたり、その逆もしかりですね」
スティーヴ・ライヒの“Nagoya Marimbas”、吉松隆の“すばるの七ツ”を採り上げるいっぽう、3曲の自作が美しく響き、坂東祐大や網守将平も新作を寄せている。
「同年代のコラボレーションということもあって、イメージや意見の交換もしやすく、いっしょに創っていく感覚が今作はとくに強かった気がします」
中盤の山場をつくるのはデリック・メイの“Strings of Life”、坂本龍一の“Andata”、ティグラン・ハマシアンの“Vardavar”の繋がり。採り上げる楽曲も多彩だが、アレンジやサウンドプロデュースも巧みで、アルバム全体として美しい流れが編み出されている。
「“Andata”はオリジナルよりずっと長いです。箏の音色の性質もあって、ノスタルジーが淡い感じに広がっていく。〈雪墨〉の言葉のようにだんだん滲み渡っていくイメージですかね。よりたっぷり時間を使ったことによるアレンジの妙もあると思います」
冒険的なアルバムを鮮やかに創り上げた先、LEOはこれからどこに向かっていくのか。
「〈守破離〉ということで言うと、これは〈離〉の部分にあたるアルバムかと思います。伝統を守るというところから始まって、壁を破るような部分がきて、2021年にリリースした『In A Landscape』や藤倉大さんの作品集はいま思うとわりと〈破〉の部分。〈箏らしさ〉ということをまったくなくして、完全に違う畑に飛び込んでやってみた結果、『GRID//OFF』ではいままでにある箏の音楽とはぜんぜん違うものになっているかなと思います。つけ加えると〈離〉まで行ったいま、逆に〈守〉に戻りたい気持ちになっている。新たな視点を得たからこそ、古典にもいままでとは違う視点をもったし、拾いきれていなかった基礎の部分もあると思う。ここに行くまでは一直線に思えていた〈守破離〉というのが、じつは螺旋になっているみたいに感じる。これをどんどんループさせていかないといけないなと。2周目でどうなるかわからないけれど。いまは、もっと根源にかえって表現を磨きたい」
LEO(レオ)
1998年、横浜生まれ。2017年、19歳でメジャーデビュー、東京藝術大学に入学。MBS「情熱大陸」、テレビ朝日「題名のない音楽会」など多くのメディアに出演。セバスティアン・ヴァイグレ、井上道義をはじめとした指揮者や、読売日本交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団と共演しソリストを務める。2022年、箏奏者として初めてブルーノート東京でライブを開催。同年、SUMMER SONICに異例の出演を果たした。出光音楽賞、神奈川文化賞未来賞受賞。伝統を受け継ぎながら、箏の新たな魅力を追求する若き実力者として注目と期待が寄せられている。
LIVE INFORMATION
LEO 箏リサイタル2023 -GRID ON//GRID OFF-
2023年6月9日(金)大阪・あいおいニッセイ同和損保 ザ・フェニックスホール
開場/開演:18:30/19:00
2023年8月27日(日)東京・築地 浜離宮朝日ホール
開場/開演:16:30/17:00