AIはクラシック音楽界を活性化させます――クラウス・ハイマンNAXOS会長

 今や世界最大のクラシック音楽ソフトのディストリビューターであるNAXOS(ナクソス)ミュージック・グループのドイツ人創業者、クラウス・ハイマン会長(1936ー)は2002年に〈ナクソス・ミュージック・ライブラリー(NML)〉を立ち上げ、インターネット上の音楽ストリーミング・サービスの先頭を走ってきた。80歳代後半の現在もChatGPTなどAI(人工知能)による自然言語処理モデルをライブラリーに取り込み、「クラシック音楽界のさらなる活性化」を目指す。5月下旬の来日時に話を聞いた。


 

――世界の趨勢がストリーミングに移るなか、日本はCDを中心とするフィジカルソフトのラストリゾート(最後の楽園)であり、アメリカではLPが復活しました。

「ナクソスは1987年の創業から一貫してデジタル録音を採用、アナログ録音は手掛けていません。後に傘下へ収めたレーベルのアナログ録音をリマスタリング、ボックスセットのCDで再発売する機会はありますが、LP化は考慮の範囲外です。リマスタリング自体がデジタルですし、LPはレコード針で再生する盤面の特性からRIAA、FFRRなど歪みを予め補正するプロセスを経たサウンドであり、原音に忠実=ロスレスの点でCDにかないません。

私がCDを聴くのは、アーティスト個人が送ってきた場合に限ります。ナクソスやオンディーヌ、カプリッチョなど傘下のレーベル合計で年300タイトルほどのアルバムをリリースしていますが、日本以外の市場ではフィジカル(CD)はマーケティング用かアーティストの会場即売用にとどまります」

――あくまで、ストリーミングがメインですね。

「NMLのサブスクライバー(定期契約者)数は2002年のスタート以来1度も落ちていません。現在40万~50万件のプロ契約者=図書館や大学などを抱えています。音楽辞典(日本版では未実装)の機能も充実、作曲家バイオグラフィーの検索順位ではWikipediaに次いで、世界第2位に入りました。もちろんスマホ用のアプリはiOSだけでなくAndroidにも対応しています。使いやすさも年々改善、例えば〈19世紀半ばのフランスのピアノ協奏曲、長さ15分前後〉と入力すれば、10~15曲の候補が楽器編成や出版社などの情報を伴って現れ、16万アイテムを超えるナクソス音源からの試聴が可能。コアなプロデューサーのニーズにも対応できるようになっています」

――そこで、さらにAIの活用を検討されている?

「ChatGPTもEメールやインターネットと同じく、使われれば使われるほど進化するツールです。さしあたりNMLに使える可能性は2つ。1つはライナーノートの翻訳です。ナクソスでは年間300点の新譜すべてに解説を付け、必要に応じドイツ語、フランス語、イタリア語、日本語、中国語、韓国語などに翻訳しています。AI翻訳ソフトの性能は日進月歩ですから、ゆくゆくは先ず自動で訳し、マーケット(言語)ごとに1人の監修者を置くだけで済むようになるでしょう。もう1つは翻訳以前、ライナーノート自体の作成です。例えばベートーヴェンの楽曲を解説する際、ライナーの50%は筆者の創作ではなく、歴史上の事実です。少なくとも50%はAIに置き換えられると思われますが、目下はまだ、たくさん問題があります。ベートーヴェンほど知られていない18世紀オーストリアの作曲家レオポルド・ホフマンをAIで調べたら、〈優れたオペラの作曲家〉と出ましたが、実際にはオペラを書いていません。

ごく最近、ナクソス・ビデオ・ライブラリーにあるオッフェンバックのオペレッタ『ラ・ペリコール』の英文解説をドイツ語に変換する際、AIとドイツ人翻訳家の〈仕事〉を比較してみたところ、AIの方が上出来でした。半面、事実関係を確かめるチェッカーの存在は重要度を増しています。AIは今のところ文章単位の理解であり、文脈や全体の構成まではカバーしきれないため、エディターの仕事も今まで以上の価値を持つでしょう。AIが仕事を奪うわけではなく、スマートに使いこなせばこなすほど新たな可能性を生み、音楽界も活性化するはずです」

――若い世代をクラシック音楽のフィールドへ誘い、新しいアーティストとマッチングさせるのに、AIだけでは力不足の気もします。

「クラシック音楽自体の価値は不滅で、それなりに良好な未来像も描ける半面、アーティストのプロモーションとコンサートの設営には大きな改革が必要でしょう。最近、K-POP(韓国のポピュラー音楽)の会社と何度か接触したのですが、彼らがニューヨークのカーネギーホールで企画したコンサートにいくつか、ヒントがありました。ジュリアード音楽院のオーケストラを雇い、K-POPをラフマニノフやカプースチンのスタイルでオーケストラにアレンジ、オリジナルのクラシック作品と組み合わせて演奏、配信も行いました。ロビーでは子どもたちがダンスに興じています。私たちがコロナ禍以降のコンサートのあり方を探り、生身のアーティストと新しい聴衆の接点を拡大する上でも、AIの活用をより積極的に考えていかなければなりません」

――ありがとうございました。

 


クラウス・ハイマン(Klaus Heymann)
ナクソス・ミュージック・グループ創設者/CEO。ドイツ生まれ。1987年に創設したナクソス・レーベルを通じて、そのクラシック・レコード音楽産業に対する先見性により、クラシック音楽をより多くの人々に身近なものにした。2015年、イェール大学のサミュエル・サイモン・サンフォード賞を受賞するなど、レコード業界への優れた洞察力と不朽の足跡を認められ、 数多くの賞を受賞している。業界初のストリーミング・プラットフォームを1996年に立ち上げた後、 Spotifyが登場する4年前の2002年、サブスクリプション・ストリーミング・サービスへと発展させた。ナクソスは香港に本社を置き、 2022年に創立35周年を迎えた。80歳を超えた現在でも、ビジネスの新機軸と製品開発に対する起業家精神は衰えることがなく、世界中に広がるナクソス・グループのネットワークを率いている。

 


INFORMATION
ナクソス・ミュージック・ライブラリー

クラシックを中心に、CD150,000枚以上が聴き放題のインターネット音楽配信。世界中の図書館で使われている、本格的オンライン図書館。月1,850円(税込2,035円)の定額で聴き放題。他サービスでは扱いのないレアなレーベルも多数収録。収録音源をトラック単位ではなく〈作品〉単位で一覧でき(表示例)、異なる演奏者による同じ曲の録音の聴き比べがしやすいのは、NMLならではの機能といえる。パソコンからだけではなく、 スマートフォン(iOS、Android)でも利用できる。収録楽曲の大半に日本語訳が付されているのも大きなポイント。マイナーな曲、レアな曲にも日本語で出会うことができる。
https://ml.naxos.jp/