左から、みのり(ベース/コーラス)、蓮月(ギター/ヴォーカル)、ボリ(ドラムス)

 ブランデー戦記。この、なんとも不思議な語感の名前を持つ大阪出身の3ピース・バンドは知っている。自分の人生を受け入れるということは、くだらないマウントの取り合いに勝つことではないということを。例えば、彼らは“黒い帽子”という曲のなかでこんなふうに歌っている――〈暗いニュース もう見たくない/淀んでるこの街が嫌い/こんな時間からバカが歩いてる/私に何か喋ってる ストロークス聴いて涙を堪える〉。行き場のない感情。苛立ち、焦燥、無力感、退屈。ジュリアン・カサブランカスの気怠い眼差しが抱く、優しさ。この時代にあって、ブランデー戦記は、けばけばしいネオンカラーが照らすことのない感情や日々の在りようを、確かな体温を持ったバンド・サウンドに乗せて歌っている。もし、あなたが、音楽を聴いて涙を堪えたことがあるのなら、他の誰にも知られることのないその瞬間を大切に思うなら、このバンドの音楽は、きっと深く響くだろう。

 ブランデー戦記は、2022年8月に大阪で結成された蓮月(ギター/ヴォーカル)、みのり(ベース/コーラス)、ボリ(ドラムス)から成るバンドで、2022年の暮れにメンバーみずから撮影と編集を手掛けた“Musica”のMVがYouTube上に公開されると、1か月で100万回再生を突破するほどに大きな話題となった。スタジオに入り、リハやレコーディングをし、金勘定も自分たちでやり……そんな若きバンドの日常を切り取ったような映像に曲の歌詞を加えたシンプルなMVだが、その虚飾のない手触りが、若い鋭敏なリスナーたちの心を掴んだのだろう。そして何より、曲がいい。3ピースのダイレクトなサウンドは90年代オルタナティヴ・ロックからの反響も感じさせるが(聞くところによると、ライヴのSEはピクシーズらしい)、同時に、そのメロディーやリズムはどこか〈歌謡曲的〉ともいえる甘やかさや艶やかさがあって、聴くものを惹きつける。歌われるのは、こんな言葉――〈私がクラシックを分かるようになったら結婚してくれる?〉。過剰にエモーショナルになることも、演技がかったメッセージを発することもない。ぽつねんと、独り言のように、大人と子供の隙間からロマンティシズムと哀しみが零れ落ちる。

ブランデー戦記 『人類滅亡ワンダーランド』 JORYU RECORDS(2023)

 そんなブランデー戦記から届けられたファーストEP『人類滅亡ワンダーランド』。なんともぶっ飛んだ作品タイトルは“Musica”の歌詞から取られているが、それ以外にも素晴らしい曲たちが収められた楽曲集だ。スリリングなスピード感のある演奏に乗せて〈I wanna be a rock star.〉と歌う“僕のスウィーティー”。前述した“黒い帽子”では60年代ポップス的な軽妙なグルーヴ感に乗せて、ストロークスと「ライ麦畑でつかまえて」をポケットに忍ばせながら歩く若者の、伏し目がちな表情の奥にあるものを捉える。ギターの弾き語りで始まりながら、その湿り気を切り裂くようにシャープなバンド演奏が合流する“サプリ”では、〈二十年生きただけの小娘が/世界を知った気になるな/三十年前のものに憧れる/仕方が無いな〉と自己批判的に歌う。今作で全曲の作詞作曲を務める蓮月の、心の形がそのまま音楽になったようなこの曲は、どれだけ時代が変わろうが、人の孤独はそう変わることがないことを教えてくれる。そして本EPのリード曲となる“Kids”は、“Musica”に並ぶバンドの代表曲になるであろう、ダイナミズムとポップネスを抱いている。演奏を牽引する印象的なベースラインに、勇猛果敢なドラム、饒舌なギター、しなやかな強さを感じさせる歌声とハーモニー……それらが混然一体となったアンサンブルがクールだ。

 このブランデー戦記にとって記念すべきファーストEP『人類滅亡ワンダーランド』は、聴き手の心のとても〈近い〉距離で鳴り響くような、温かくて力強い、切実な音像を持っている。きっとこの世界のどこかで誰かが、この音楽を聴きながら、涙を堪えている。

 


ブランデー戦記
蓮月(ギター/ヴォーカル)、みのり(ベース/コーラス)、ボリ(ドラムス)から成る3人組バンド。2022年8月に大阪で結成される。12月にメンバーみずから撮影・編集した“Musica”のMVを公開すると、わずか1か月で再生回数100万回を突破するなど大きな話題を集めるなか、ファーストEP『人類滅亡ワンダーランド』(JORYU RECORDS)を8月9日にリリースする。