韓国のシンガーソングライター、イ・スンユンが日本でも注目を集めている。韓国のオーディション番組「シングアゲイン - 無名歌手伝」で優勝し、アーティストとしての階段を駆け上がる彼が2023年10月に初めての来日公演を行った。そこで、イ・スンユンというアーティストをより多くの人に知ってもらうため、イ・スンユンとは何者なのかをバイオグラフィや日本公演のライブレポ、インタビューを通してライターの尹秀姫にまとめてもらった。 *Mikiki編集部
オーディション番組「シングアゲイン」から現れた革命児
イ・スンユンは、2020年、韓国で放送がはじまるや爆発的な人気を獲得したオーディション番組「シングアゲイン - 無名歌手伝」でその名を知られるようになった。この番組は無名の歌手たちが実力を競い合うというもので、初めてこの番組に登場した時には首元がのびた黒いTシャツでいかにも自信なさげな姿だったものの、独特の声と感性でユ・ヒヨルやソンミ、作詞家のキム・イナといった目の肥えた審査員たちを魅了し続けた。特にユ・ヒヨルからは「自分だけの音楽をやろうと志す人に必要なのはスター。たった1人のスターが音楽シーンを作る。イ・スンユンにはそんな人になってほしい」と絶賛された。ラウンドを重ねるごとにイ・スンユンの人気は増していき、最後には視聴者からの圧倒的な支持を得て、見事優勝に輝いた。
韓国では〈バスキング〉と呼ばれる路上ライブが盛んで、ソロシンガーだけでなくバンドやアイドルグループまでもがストリートであらゆるパフォーマンスを披露するのだが、そこで歌われる曲のほとんどはカバー曲で、自作のオリジナルソングを歌う人はまれなのだとか。そんな中、頑なに自分の音楽を追求し、オリジナル曲だけを歌ってきたイ・スンユンは、カバー曲を歌い続けた「シングアゲイン - 無名歌手伝」以降は再び曲作りに没頭。2021年にファーストアルバム『Even If Things Fall Apart』を発表、2023年はセカンドアルバム『Shelter Of Dreams』をリリースし、そのアルバムをひっさげて〈2023 LEE SEUNG YOON 全国ツアーコンサート「DOCKING」〉を行った。


Zepp Hanedaでの日本初ライブの熱狂
10月26日、Zepp Haneda (TOKYO)で初の日本ライブが実現した。韓国での大規模ライブに比べたら比較的近い距離でイ・スンユンのライブが見られるとあって、当日は韓国から訪れるファンも多かった。そのせいか会場は開演前から異常なほどの熱気に包まれ、1曲目“Wild Horse”から大歓声が湧き上がる。マイクスタンド1本で歌われる伸びやかなボーカルに、会場が一体となって飛び跳ねるリズミカルなサビのメロディが印象的なこの曲で、日本初上陸ライブのスタートを華々しく飾った。

アコースティックギターのサウンドから始まって壮大なメロディをまとう“Hero Collector”では地声とファルセットを自在に使い分け、続く“Open Your Textbook”ではようやくギターを手に取り、想いをぶつけるように歌い、音を奏でる。誰かの悲劇が教材として共有されることへの恐怖と、それを歌う自分も同じだと指摘するこの曲は、シニカルに物事を見つめる彼の感性が感じられ、また彼が持つ鋭い視線からは本人すらも逃れられないことを表してもいる。「シングアゲイン - 無名歌手伝」でもたびたび革命児、反逆のアイコンと謳われていたが、なぜ人は彼の音楽に熱狂するのか、序盤の3曲でその理由を見せつけた。

このパートだけみても韓国のアンコールライブからセットリストを変えてきているのだが、「実はセットリストは頻繁に変えるほう」なのだそう。「ある程度のセットリストは事前に組んで、大きな流れやかたまりもあらかじめ考えておきますが、細かいところはツアーにある程度慣れてきたら変えていきます。今回の日本のライブのセットリストは、今後また日本でライブできるチャンスはないかもしれないという前提のもと、僕の曲の中でもっとも自分らしく、ライブに不可欠だと思う曲を中心にセレクトしました」と後に語ってくれた。

「いつか日本語で歌ってみたい」
ステージでギターをかき鳴らし、歌い上げる姿は堂々として見えたが、いざMCとなると途端にシャイで〈陰キャ〉(本人談)な一面が覗くのもギャップがあって魅力的。「こんにちは、シンガーソングライターのイ・スンユンです。お会いできてうれしいです」と日本語で挨拶し、会場のファンが大喜びすると「ここに書いてあるのを読んだだけです。〈今日は天気がいいですね〉。ここまで書いてあります」と照れ笑い。日本に来る前、いろんな人から「日本でのライブは(観客が)静かだから覚悟した方がいい」と言われていたそうだが、この日の客席の盛り上がりを見て、「ということは、韓国から来た人が多いということですかね」と苦笑しつつも、イ・スンユンのライブに慣れていない日本のファンのために「今日は普段できないような声を出したり、飛び跳ねたり、奇声を上げたり、全部やってみてください」と提案した。

MCを挟んでの“Some Some Some”では、韓国語の〈ヌグ〉を日本語の〈誰〉に替えて歌うサプライズも。そこから2020年まで活動していたバンドAlary-Kansion時代の曲“Gainism”まで、ブリットポップを聴いて育ったというイ・スンユンらしい構成の曲が続く。このパートは本人も「ここは特に集中度が高かった」と語った箇所。「ライブハウスがもたらす集中だったのか、それとも観客による集中だったのかはわかりませんが、本当に全員が一体となってライブに集中していることが感じられて、とてもよかったです」とライブを振り返った。この日のライブで一番印象に残ったという“The People of Historic Site”は「集中という単語そのもののような感覚」だったと語った。また、続けて歌われた“Even If Things Fall Apart”については「いつか日本語で歌ってみたい」とも。原題は日本語に訳すと〈廃墟になったとしても〉。廃墟になった家屋を見てここにも愛があったのだろうかと想像しながら時間の流れと愛について考えるような曲で、もしこの曲が日本語になったらどんなふうに歌われるのだろうと想像するだけでも期待が膨らむ。

韓国のライブではあまりMCはしないそうだが、日本でもトークは最小限。それでも、「日本のライブは通訳さんを介する必要があったので、むしろたくさんしゃべったほう」なのだとか。当日のMCで「前に(通訳ありで)話した時は続けて1分くらいしゃべり続けてしまったので、今回は事前に練習してきました」と、通訳を介してトークする秘訣を明かした。客席から日本語で「かわいい」「かっこいい」という声援が飛ぶと、「わからない、訳してください」と困惑する一幕も。「事前にどんなライブにしようか一つも考えて来なくて、実際にステージに上がって感じるままにやろうと思っていたんですけど、思っていた以上に楽しいですね」と、日本でのライブを満喫した様子。ライブの盛り上がりだけでなく、初めて日本のライブハウスを体験して音響のよさにも感動したと後に語っている。「リハーサルでラフに一曲歌ってみて、バンドのメンバーたちと〈なんだ、これは!〉と驚いたんですよ。韓国で僕たちがやってきたライブの設備と変わらないのに、なんでこんなにサウンドがいいのか、しばらく楽屋でバンドメンバーと語り合ったことを覚えています」。

ツアータイトルにもなっている“Docking”では客席のペンライトが一糸乱れぬ動きを見せ、疾走感あふれる“Unspoken”では韓国でのライブに負けないくらいのコール&レスポンスでこの日一番の一体感を見せる。続いて歌われた“Naragaza”は、韓国語で〈飛んでいこう〉の意味。ポジティブで力強いメロディに後押しされるように、会場の熱気もとどまるところを知らないほどの高まりをみせた。“Pricey Hangover”では〈二日酔いなしに夢を見たい〉とリフレインするサビのパートで会場が一体となって再びコーレスし、最後にはまさにゆめのかけらを集めたような曲“Piece Together Scattered Dreams”で締めくくった。アンコール2曲を含めて全21曲、2時間あまりのライブで強烈な印象を残したイ・スンユン。まるで韓国でライブを見ているかのような盛り上がりを体感できたことも含めて、韓国の今後のロックシーンを牽引していくであろう彼の貴重な日本初ライブだったのではないだろうか。

タワレコ渋谷店のサイン会で語った、初めての日本で感じたこと
ライブ翌日に行われたタワーレコード渋谷店でのサイン会も大盛況。イ・スンユンからは「会場にサインを待つ人を集めて、おひとりずつサインしていく流れだったのですが、後からサインをもらうほうが長くその場に留まれるので、できるだけ後のほうでサインしてもらおうという空気の読み合いが面白かったです。でも、それでいてみなさんマナーを守って整然としていたので平和で、それが面白くもあり、不思議でもありました」という、なんともユニークな感想が届いた。タワーレコードの店舗を訪れたのも今回が初めて。「こんなに大規模なオフラインのCDショップに来るのは初めてで、ビル全部の隅々まで音楽で溢れているなんて、なんて羨ましいと思いました。本当にいろんな人がいろんな音楽を探しに一つの建物にいるというのも魅力的でした。CDショップでなければ同じ場所にいないであろう人たちが同じ建物の中を埋め尽くしていると感じました」とも。
日本では楽器を求めて出歩いたりもしたそう。「バンドのメンバーにおごってあげると言って焼肉に行ったのですが、お会計を見て表情が保てませんでした。でも、正直めちゃくちゃおいしかったです」と、日本の食も満喫。日本で活動してみたいか尋ねてみると、「僕は先のことに対して青写真を描いて考えるタイプではないので、機会があればという感じです。こういうサウンドのシンガーソングライターが韓国にもいる、ということがさざなみ程度にでも伝われば幸いです」と、あくまで謙虚。「日本でのライブでしたが、韓国語がまったくわからないという人のほうが少なかった印象でした。それでも、僕が話している時に(言葉がわからず)やや戸惑っていた方が、曲が始まると目を閉じて体を揺らして声を上げていたのを見て、音楽の力をあらためて感じました。日本でのライブは静かだと聞いていましたが、みなさんの反応がとてもエネルギッシュで驚きましたし、僕はそのエネルギーに身を委ねてただただ楽しみました。僕の日本語の発音はいまいちでしたが(笑)。もし僕がもっと日本語がうまかったら、僕の曲が再生されていると想像もしていなかった場所で僕の曲を聴いている方がいたことに、心からの感謝を伝えたかったです。もしまた日本に呼んでいただけたら来たいですし、どんなライブにするかはその時に考えたいと思います」。
PROFILE: イ・スンユン
大韓民国のシンガーソングライター。2013年に“今日も”で正式デビューし、ソロ活動とともに、Alary₋Kansionなどのバンドを結成して音楽活動を繰り広げた。2021年にファーストアルバム『Even If Things Fall Apart』を発表した。ポップ、ロック、アコースティックなどさまざまなスタイルをつなげて自分だけの個性で表現する。ジャンルとサウンドによって聴かせてくれる多様な音色は、イ・スンユンの幅広い音楽的スペクトラムが持つ魅力を極大化させる。特に感覚的かつ思索的、時には無鉄砲的でもある歌詞は、音楽を通じて自分だけのメッセージを伝えようとする〈サウンドメッセンジャー〉イ・スンユンの音楽的な色彩を鮮明に表わす。『Even If Things Fall Apart』の発売記念単独公演は、両日間オリンピッホール全席を完売させ、強力なチケットパワーを証明した。2022年7月に音楽レーベルのマルムモと新たに手を組み、多様な音楽、公演、放送活動を行っている。