プリーズ・メイク・イット・ルインズのレーベル・オーナーとして知られ、フランク・オーシャンやトラヴィス・スコットらの楽曲にも関わってきたヴィーガンことジョー・ソーナリー。2019年にアルバム『Only Diamonds Cut Diamonds』で鮮烈なデビューを果たすと、2022年には70以上のトラックで構成されたミックステープ『Don’t Follow Me Because I’m Lost Too!!』をリリース。翌2023年には〈フジロック〉出演を果たし、満員のRED MARQUEEを沸かせたのも記憶に新しい。そんな彼が5年ぶりとなるオリジナル・アルバム『The Road To Hell Is Paved With Good Intentions』を完成させた。
「アーティストとしてやろうとしていたことはいったい何だったのか。行き場を失い、苛立ち、混乱していたんだ」。
VEGYN 『The Road To Hell Is Paved With Good Intentions』 PLZ Make It Ruins(2024)
順調にキャリアを重ねているように見えた彼だったが、本作の制作に取りかかるにあたって、古いパターンから脱却する必要性を感じたという。独特の華やかさを纏い、さまざまなBPMを行き来する変化に富んだサウンドが彼のトレードマークだったが、本作ではメロディーや曲構成に重点が置かれており、極力プロダクションが関わるのを抑えている。こうしたアプローチはプロデューサー兼レーベル・オーナーの仕事の一環として、しばしば世界中を旅しながら、スタジオやリビングルーム、ホテルの部屋などで新曲を書き続けるという自由で実験的な環境から生まれた。ここ5年ほど弾いているピアノで作曲を試みたり、ギターを弾くことに多くの時間を費やしたりもしたそうだ。
「自宅でアナログ機材に深く入りこんで制作する場面もあれば、東南アジアのホテルの一室でラップトップのみでセッションを行うこともあった。自分が求めているものを表現する方法を自分なりに開発しはじめたんだ。僕はただおもしろい曲を作りたいだけ。あまり深く考えず、フィーリングに重点を置くことを意識したのさ」。
アルバム中でもっとも早く世に出た“Makeshift Tourniquet”は疾走するディープ・ハウスで彼の作品には珍しくストレートなダンス・トラックだ。頭ではなく身体に作用するトラックを先行カットしたあたりに変化を見て取るのは短絡的かもしれないが、そのような新たなアプローチを獲得する一方で、彼らしい不気味でダークなおもしろさはしっかりと溢れている。慌ただしくシャッフルするストリングスとシンバルの奔流の中でエコーに包まれたローレン・オーダーのヴォーカルが慰めと安らぎを与えてくれる“Halo Flip”は、包容力のある曲ながらもトラックはエッジが立っている。また、時に不協和音を奏でる物悲しいストリングスの上でジョン・グレイシアが訥々と独白する“In The Front”は無表情な語り口が重くのしかかる内容だ。皮肉なユーモアやノスタルジックな瞬間はアルバム全体に散りばめられ、ヴィーガンの作品に共通する多幸感とメランコリーの絶妙なバランスをもたらしている。そこには多くの気鋭アーティストの参加も影響しているだろう。
「他の人たちと一緒に仕事をするのは、互いの長所を輝かせる最良の方法だから気に入っているんだ。相手が何を望んでいるのか、腰を据えて、より客観的に考えてみるのは、自分が何を望んでいるのかをはっきりさせるのに役立つんだよ」。
こうしたコラボレーションと、音楽における自由と遊び心の感覚を再発見することで、彼はこれまででもっとも完成度の高い楽曲と、もっともまとまりのある作品を生み出した。曖昧さに満ちたアルバム・タイトル〈地獄への道は善意で舗装されている〉の意味するところは聴き手に委ねるとして、さらに彼はデヴィッド・リンチの超越瞑想についての本からの有名な一節〈小さな魚を釣りたければ、浅瀬にいればいい。しかし、大きな魚を捕まえたいのであれば、もっと深いところに行かねばならない〉を引用して、次のステップをも示唆する。
「新しい挑戦に目を向けようとしているんだ。成長するためには、自分をあえて困難な立場に置く必要があるということに気付いたからね」。
ヴィーガン
ロンドン出身の電子音楽家。父は音楽プロデューサーのフィル・ソーナリー(元キュアー)。芸術大学でデザインを学びながらビートメイクを始め、中退後の2014年に自主レーベルのプリーズ・メイク・イット・ルインズを設立。配信やカセットテープ中心にリリースを重ねる傍ら、フランク・オーシャンやトラヴィス・スコットらの楽曲を共作する。来日の決定も話題のなか、ニュー・アルバム『The Road To Hell Is Paved With Good Intentions』(PLZ Make It Ruins)を4月5日にリリースする予定。