天野龍太郎「Mikiki編集部の田中と天野が、海外シーンで発表された楽曲から必聴の5曲を紹介する週刊連載〈Pop Style Now〉。先週は、またカニエ・ウェストのことでモヤモヤとしながら過ごしていました。ここ一週間は数時間おきに〈kanye west〉で検索しています(笑)」
田中亮太「ご存知でない方のために時系列順で説明すると、まず8月末にカニエの妻キム・カーダシアンが新作『Jesus Is King』のトラックリストとリリース日らしき〈9月27日〉という日付を発表。そして、9月25日には『Jesus Is King』は予定どおりリリースされないとの報道が(笑)。結局、27日にリリースされず、デトロイトやシカゴ、NYCでリスニング・パーティーだけが開催。代わりに(?)、ニック・ナイト監督のIMAX映画『Jesus Is King』を10月25日(金)から上映すると発表。さらに、アルバムは29日の日曜日に出ると予告されましたが、その後リリース日自体が消滅!」
天野「あと、〈世俗的な音楽はもう作らない、今後はゴスペルだけをやる〉と言いだしていて……。もうわけがわかりません! アルバムが出てないのに、Tシャツとかスウェットとかのマーチャンダイズだけ出ているんですけど! なんなんですか……(笑)。元クリプスの2人が参加しているので実質再結成、という話もあって、聴くのが楽しみではあるんですけどね。あと今週に入って、幻のアルバムと化していた『Yandhi』が着信音として販売され始めるなど、本当にめちゃくちゃです」
田中「ファンやメディアがカニエに翻弄されまくった一週間でした。それでは気を取り直して、今週のプレイリストと〈Song Of The Week〉から!」
1. H.E.R. feat. YG “Slide”
Song Of The Week
天野「〈SOTW〉は、R&BシンガーのH.E.R.(ハー)がラッパーのYGをフィーチャーした新曲“Slide”です! このしっとりとした艶やかな感じ、最高だと思います」
田中「ガブリエラ・ウィルソンことH.E.R.は、2017年のセルフタイトルド・アルバムが今年の第61回グラミー賞で〈最優秀R&Bアルバム〉を受賞した俊英。弱冠22歳の新人にもかかわらず、その実力で高い評価を得ています。今年もアルバム『I Used To Know Her』を発表していますね。2作ともEPをまとめたものなので、ちゃんとしたフル・アルバムも聴きたいところ」
天野「H.E.R.については〈歌声は美しいけど、ちょっと正統派すぎて夢中になれるシンガーじゃないな~〉なんて思っていたんですけど、shukkiさんが〈コーチェラ〉でライヴを観たらすごかったと言っていて、〈そうなんだ〉と思いました。それからライヴ映像や曲とじっくり向き合うようになって、好きになったんです。ギターを弾いて歌っている〈Tiny Desk Concert〉のパフォーマンス、おすすめですよ。2018年の来日は中止されていて、フェスでもいいので日本に来てほしいですね」
田中「この“Slide”は、ケンドリック・ラマーと並ぶカリフォルニア州コンプトンの代表的なラッパーであるYGとの共演曲。YGに寄せたのか、Gファンクっぽいサウンドで、ギターの音色も実にメロウ。この曲はH.E.R.のサード・アルバムに収録されるのでしょうか?」
2. TNGHT “Serpent”
田中「2位はTNGHTの “Serpent”! ハドソン・モホークとルニスというビート・ミュージックの俊才2人によるコラボ・ユニットの、なんと6年ぶりとなる新曲です」
天野「〈TNGHT〉と書いて、読み方は〈トゥナイト〉。もともとハドソン・モホークは、エレクトロニック・シーンの神童として2000年代後半に名門ワープから登場しました。そんな彼が、TNGHTでは大胆にもトラップ・ミュージックに接近したこともインパクトが大きかったんですよね。当時は〈トラップ・レイヴ〉なんて言われていて、2012年のデビューEP『TNGHT』に収録された“Higher Ground”はビッグ・アンセムになりました」
田中「ダンス・ミュージックとしてのトラップの知名度をぐっと上げた記念碑的な一曲ですよね。自分の周りにいたDJも、この頃からトラップをセットに組み込む傾向が強まっていったことを覚えています。2013年にリリースした“Acrylics”以降は、ユニットとしての活動は止まっていたんですが、この度ついに復活。カランカランというスティール・パンっぽい音色や、動物の鳴き声みたいなヴォイス・サンプル、パーカッシヴなリズムがめちゃくちゃ刺激的です! 1分40秒くらいからの、ビートが性急になっていくパートなんかは興奮しますね」
天野「うーん。TNGHTは大好きなんですけど、この新曲には“Higher Ground”みたいなアゲ感やポップなわかりやすさがなくて……。僕は〈これ!〉っていう一曲なのかなって疑問を感じているので、次のシングルはアゲアゲなものを期待しています。これからの動きが楽しみですね」
3. DaBaby “INTRO”
天野「3位は、いま話題のダベイビー“INTRO”。米ノースカロライナ州シャーロットのラッパーで、数年前からミックステープを発表して話題を集めてきました」
田中「今年3月にはメジャーのインタースコープからデビュー・アルバム『Baby On Baby』を発表し、ゴールド・ディスクに。アルバムからはシングル“Suge”がヒットしましたね。〈PSN〉の候補曲にも挙がっていた記憶があります。そして、若手ラッパーの登竜門〈XXL Freshman Class Of 2019〉にも選出。チャンス・ザ・ラッパーのアルバム『The Big Day』に参加したほか、J・コールやポスト・マローン、リル・ナズ・Xといったスターたちとの共演を重ねています」
天野「2019年の顔って感じがしてきましたね。この“INTRO”は、前作からわずか6か月でリリースされたセカンド・アルバム『KIRK』からのシングル。曲名どおりにアルバムの1曲目で、メインストリームで成功する前の過去を歌った曲です」
田中「〈(死んだ)ばあちゃんのことを考える/俺はナンバー・ワン・レコードを作った、みんなクールな俺のことを知ってるぜ〉とセルフ・ボーストしながらも、〈ツアーを始める数日前、親父が死んでるのを見つけた〉〈俺の娘をじっと見る/そして考えるんだ、くそっ、親父にそっくりだ、なんて〉と内省的。ダベイビーが自分自身を見つめていて、ファミリー・ネームをタイトルに掲げた作品の冒頭を飾るのにぴったりな一曲ですね。アルバム収録曲“VIBEZ”のビデオも発表されたので、ぜひチェックを」
4. Vegyn feat. JPEGMAFIA “Nauseous / Devilish”
田中「4位は南ロンドンのプロデューサー〈Vegyn〉の“Nauseous / Devilish”。彼は、フランク・オーシャンの2作『Endless』『Blonde』(2016年)におけるコラボレーターとして知られていますね。名前、どう読めばいいんでしょうか? 〈好きな芸能人はフランク・オーシャン〉と公言してやまない天野くんに教えてもらいたいんですが」
天野「Geniusには〈vee·gn〉と発音するって書いてありますから、たぶん〈菜食主義者〉を意味する〈vegan〉のもじりなんでしょうね。だから〈ヴィーガン〉もしくは〈ヴィーグン〉かな。ちなみに彼は、フランク・オーシャンがBeats 1でやっているラジオ番組〈blonded RADIO〉の司会も務めています。この“Nauseous / Devilish”は、11月8日(金)にリリースされる初のアルバム『Diamonds Cut Diamonds』からの一曲です」
田中「音数は少ないのですが、独特の浮遊感を漂わせているサウンドが、この人らしいですよね。ドープなラップを乗せているのは、JPEGMAFIA。JPEGが先日リリースした新作『All My Heroes Are Cornballs』の収録曲“Rap Grow Old & Die x No Child Left Behind”でも、2人は組んでいました」
天野「タイトルのとおり、1分ちょっとのスケッチを2つ、ラフに繋げたような曲です。ポップソングの構造とはちがう自由さや、ゆるさがイマっぽい感じ。今年彼がリリースした、それこそスケッチ集みたいなミックステープ『Text While Driving If You Want To Meet God』は71曲入り(!)でしたが、新作には16曲が収録されるとのこと。イギリスのジェシーやフランスのレトロ・Xといった、JPEGMAFIA以外のラッパーも参加しているみたいです」
5. Jennifer Vanilla “Space Time Motion”
天野「最後はジェニファー・ヴァニラの“Space Time Motion”。ブルックリンのサイケなインディー・ファンク・バンド、アヴァ・ルナの元メンバー、ベッカ・カウフマンによる変名ユニットです」
田中「ストレンジなアレンジを施しつつもポップな要素が色濃いアヴァ・ルナと比較して、このジェニファー・ヴァニラではよりアヴァンギャルドなサウンドに傾倒している印象。今回はDFAの一員でもあるDJ/プロデューサーのティム・スウィニーが率いるレーベル、ビーツ・イン・スペースからのリリースというわけで、これまでの作品より踊りやすい感じです」
天野「スペーシーなエフェクトと軽快なスクラッチが耳を引きますよね。ファニーで味わい深い、アーサー・ラッセルっぽいディスコです。個人的にはあんまりフレッシュに感じないんですけど、亮太さんが推すので(笑)! 同じく亮太さんが数週間前に推していたダウンタウン・ボーイズのジョーイ・デフランセスコによるラ・ニーヴといい、どうしてみんなこういうNYディスコっぽいのをやりたがるんでしょうか。謎です……」
田中「カラフルでVHSっぽい画質のミュージック・ビデオから受けた印象もあって、僕はテイ・トウワさんが90年代初頭にやっていたディー・ライトを想起しました。それにしても〈空間とは身体の位置/時間とは動きの事故/運動とはすべての活動の結果〉というリリックは、意味がわかるようでまったくわからないですが、サイケなサウンドと合わせてダイレクトに脳に効いてくる気が。これはクラブ・ヒットしそうですね!」