アジアが生んだ〈100年に1人の声〉と称えられ、欧州の名門歌劇場でスター街道を駆け上がろうとしていた矢先に甲状腺がんがみつかり、摘出手術で声帯と右肺の機能を失ってしまった韓国人テナー。しかし不屈の精神で困難な甲状軟骨形成手術に挑み、過酷なリハビリを経てついに奇跡のステージ復帰を果たした。
「声を失った私を輪嶋さんは見捨てず、決して諦めなかった。彼に勇気づけられ、その言葉を信じたからこそ、再び手術を受ける気になったのだと思います」
日韓合作の『ザ・テノール 真実の物語』はそんな実話を映画化。ビジネスの関係を超え、音楽という絆で結ばれた、二人の友情がそのまま描かれている。
「映画的な部分はキム・サンマン監督に全てお任せした。私が口出しするとやりにくいだろうから(笑)」
輪嶋東太郎をモデルにした音楽プロデューサー、沢田役には日本が誇る伊勢谷友介を起用。チェチョルを演じた韓国映画界のホープ、ユ・ジテはオペラ歌手という役柄を極めるため、発声はもちろん姿勢や呼吸まで細かくトレーナーの指導を受け、役に臨んだという。
「完成披露試写を観た時、自分の身に起こった様々な出来事やその時の気持ちが蘇った。オペラ歌唱のシーンは特にインパクトが強く、自分の歌声の吹き替えなのに、思わず凄い! と思ってしまいました(笑)」
北乃きいが好演している沢田のアシスタントで型破りな新入、美咲のキャラクターも実際に輪嶋の事務所にいた2人の女性社員のエピソードがモデルだとか。
「他にもいろんな“真実”が散りばめられている。例えば日本公演の出演承諾の決め手となったのが、憧れの(イタリア・オペラ史上最高のメゾ・ソプラノとして名高い)フィオレンツァ・コッソットさんだったというのもそのひとつ。でも私は気持ちを外に出すのが苦手なタイプで、あの頃の自分についても監督には特に詳しく話をした覚えはないのに、映画を観るとそのあたりが実にリアルに描かれていて感動しました」
絶望的な状況にぶつかった時、そこから一歩踏み出す勇敢さと共に、人間にとって本当に大切な、魂と魂のふれあいについて教えてくれる本作。ギクシャクした関係が続いている日韓両国の橋渡しにもなれば…
「心からそう願います。近くて遠い国から、本当の意味で近い国に。少しでもその助けになれば、自分が病気になり、この映画が生まれた意味があると思える」
9~10月には日本の3大都市でリサイタルも実現。新譜のレコーディングにも期待が高まる。
「かつては〈リリコ・スピント〉の声を活かした華やかなアリアばかり追いかけていましたが、トスティの歌曲が持つ美しさに気がつき、今やすっかり夢中です」
映画「ザ・テノール 真実の物語」
監督・脚本:キム・サンマン
音楽:キム・ジュンソン
出演:ユ・ジテ/伊勢谷友介 チャ・イェリョン/北乃きい/ナターシャ・タプスコビッチ/ティツィアーナ・ドゥカーティ/他
配給:「ザ・テノール 真実の物語」プロジェクト(2014年 日本・韓国 121分)
◎10/11(土)新宿ピカデリー、東劇ほか全国ロードショー