多種多様なキャラクターを演じわける役者としての優れた表現力や独特な佇まいが、ひとたびマイクを握れば音楽の世界でも活きる俳優たち――。専業のアーティストとはまた一味違った趣に溢れる彼らの歌が、時にその時代を象徴する大ヒットや長く聴き継がれる名曲となることは少なくありません。そんな役者ならではの歌の魅力に迫る新連載〈うたうたう俳優〉をスタートさせました。

今年、映画「帰ってきた あぶない刑事」の公開にちなんでお届けした、シンガーとしての舘ひろし柴田恭兵を振り返るコラムも執筆した音楽ライターにして無類のシネフィルである桑原シローが、毎回、大御所から若手まで〈うたうたう俳優〉を深く掘り下げていきます。

第1回は、甘いマスクでモデルとして名を馳せたのち、役者へと転向して半世紀以上にわたって活躍し、今月72歳の誕生日を迎えた草刈正雄をピックアップします。 *Mikiki編集部


 

この顔にしてこの歌あり! 草刈正雄的歌世界

言文一致体ならぬ顔声一致体。〈日本のアラン・ドロン〉という異名を取る草刈正雄の歌を聴くたびにそういう印象を抱かずにいられなかったりする。これまで役者としては、目は口ほどにモノを言うという芝居を実践し続けてきた彼だが、シンガーとしても同様に情のこもった声色でもって聴き手のハートをガッチリ掴み取るような仕事を続けてきた。

1976年2月にリリースされた5枚目のシングル“ステーション”を聴いてみてほしい。名匠・前田憲男がアレンジしたメロウかつドラマティックなトラックをバックに紡がれるボーカルはどこまでも甘くてジェントルで、この顔にしてこの歌あり、とほとんどの聴き手が納得感を得るはずだ。色男の歌、と聞くとどうもヤワな感じがしちゃうのだけど……というような同性からの反応があるかもしれないが、さにあらず。言ってみるならば、爽やかな野性と表現すべきもの? どの曲からも立ち昇ってくる、そんなイメージこそが草刈正雄的歌世界の魅力の本質と正体であることは間違いなかろう。

 

モデル、歌手としてデビュー

1970年、モデルとしてデビューし、伝説のCMディレクター、杉山登志が演出した資生堂〈MG5〉のコマーシャルに、ジェリー伊藤、中山仁、団次郎(団時朗)に次いで起用されて話題を集める。そんな彼のレコードデビューは1971年6月。浅尾千亜紀のカバーとなる“地図にない街”が第1弾に選ばれた。最初に在籍したワーナー時代には4枚のシングルをリリースしているけれど、正直なところあまり確固たる個性は見出せない。同年のセカンドシングル“めぐり逢い”がもっとも知名度があると思われるが、テレビCMにおいて歌唱を担当した町田義人、また草刈版との競作となった尾崎紀世彦の歌声のほうが曲調とフィットしている印象は否めない。

 

ソウル~AOR調のほうがしっくりくるタイプ

そんな彼の本領が発揮されるのは、東宝レコードに移籍してからだ。映画「神田川」「青葉繁れる」「エスパイ」といった東宝作品で主役や準主役を務め、役者として勢いを増していた時期にリリースされた楽曲のひとつが前述した“ステーション”であり、加山雄三の人気シリーズの跡を受け継いだ「激突!若大将」の主題歌として世に出ている。


イントロのギターフレーズをはじめ、ソウルミュージックのエッセンスが随所に散りばめられたこのミディアムバラード。ニール・セダカの名曲“Laughter In The Rain”を彷彿とさせるサビの転調も秀逸なナンバーだが、洗練されたサウンドと憂いを帯びた歌声のマッチングぶりがとにかく素晴らしい。ここからわかるのは、彼はフォーク系よりもソウル~AOR調のほうがしっくりくるタイプだということ。そもそもプライベートでは、マーヴィン・ゲイやジョニー・ギルといったブラックミュージックを好んで聴いているのだそうで、そういった趣味性やセンスが反映した結果がこの充実したディスコグラフィーに繋がっていると考えることもできよう。

また、主演ドラマ「華麗なる刑事」のエンディングテーマとなった1977年の8枚目“センチメンタル・シティー”もファンからの人気が高いナンバーだ。時代的にフュージョンのテイストが色濃い音作りとなっているが、やはりアーバンなサウンドメイクが彼独自の甘さや哀愁をうまく引き出していて、聴き心地がすこぶるいい。

そして、あまり顧みられることのない、1979年10月にCBSソニーからリリースされたシングル“デューク”もハズせない1曲だ。SHŌGUNの芳野藤丸が作曲、大谷和夫が編曲を手掛けたディスコティークなポップチューンで、きらびやかなブラスセクションや薄っすらと溶けるトロピカルなムードがダンディズム溢れる歌声を大いに映えさせている。

CD化切望! 秀逸な作品揃いのオリジナルアルバム

CD化が成されていないため現在入手が難しいものの、オリジナルアルバムに秀逸なラインナップが揃っている件も伝えておきたい。1975年リリースの『ファースト』には、ラヴ・アンリミテッド・オーケストラ調の“哀しみすわる部屋”などグルーヴィーな美味なるナンバーが勢揃い。“カム・オン・ベイビー(Come On Baby)”や“ヘイ・ヘイ・ヘイ(Hey Hey Hey)”などのファンキーなナンバーでみせる彼の噛みつくようなシャウトに瞠目せよ!

朗らかな青春歌謡“ほんとうに”を含む1976年作『セカンド』も佳曲揃いの1枚。なかでも注目したいのは、林哲司の初期作品である“この愛をあなたに”だ。この曲は、1975年公開の新若大将シリーズ第1作「がんばれ!若大将」の主題歌“愛の詩をあなたに”の改変版で、林らしい洋楽チックなメロディーが冴えわたるソフトロックな逸品なのである。実のところ、ゆったりしたテンポ、優雅なアレンジの効果もあって“愛の詩をあなたに”のほうがすごく出来がいい。しかし残念ながらこちらのバージョンはいまだレコード化が実現していない。


映画では、風光明媚な軽井沢の森のなかでマドンナ役のいけだももこと彼がしっぽりと戯れるシーンのバックで流れていたが、これがもう絵に描いたようなメルヘンチックな世界となっていて、観る者を否応なしにファンタジーの領域へと引きずり込む草刈ならではのパワーを思い知らされること必至だ。

ところで昨今もっとも評価が高まっている作品は、1978年作『ラブ・シャワー』だろう。いろんなシティポップを特集したカタログにおいて名盤として取り上げられている本作は、井上鑑、松原正樹、後藤次利、島村英二といった腕っこきたちがバックを務めた珠玉のアーバンポップが満載。和泉常寛が提供したブラジリアンテイストの“ジープ・コートを着て”の洒落た歌いっぷりなど、つくづく惚れ惚れしてしまう。

 

草刈正雄の誠実な歌声はストレートに刺さる

最後に、洋邦のヒット曲をカバーした1976年発表のアルバム『青春の光と影』についても書いておかねば。伊集院光のラジオの影響もあって草刈の代表曲として認知してしまっている向きも少なくないだろう、ギルバート・オサリバン“Alone Again (Naturally)”のカバーはここに収められている。とにかくひとつだけ言っておきたいのは、彼の誠実な歌声はいかなる場合においてもストレートに刺さるんだっていうこと。“アローン・アゲイン”も未聴の方は歌詞をじっくり噛みしめながら(できれば原曲の歌詞と比べながら)、しっかりと対峙していただきたい。

草刈正雄 『ゴールデン☆ベスト 草刈正雄 ~EARLY DAYS~』 ビクター(2010)

 


PROFILE:桑原シロー
1970年、三重県尾鷲市生まれ。音楽ライター。2000年代半ば、タワーレコードが発行するフリーペーパー「bounce」の編集業務に携わり、退社後、フリーランスの音楽ライターとして活動。雑誌/ウェブを中心に記事を執筆。インタビュー、ライナーノーツ執筆などを行なう。ロック、ジャズ、歌謡曲など幅広い音楽ジャンルに精通し、映画、芸能、お笑いの分野にも活動範囲を広げている。2014年から、日本のディープサウス、熊野在住の異能のギタリストのマネージャーも務めている。