サザンオールスターズの桑田佳祐が2ndソロアルバム『孤独の太陽』をリリースしてから30年が経った。桑田のソロ作の中でも異色の剥き出しなサウンドや歌、重く暗い言葉に彩られた本作は、キャリア屈指の名盤と評する者や今も愛聴するファンが多い。そんな唯一無二のアルバムの背景や表現について、音楽評論家のスージー鈴木に綴ってもらった。 *Mikiki編集部

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桑田佳祐 『孤独の太陽』 タイシタ(1994)

 

1994年、夢と希望に溢れたJ-POPの時代

発売から30年と聞いて、驚く。1994年の今日=9月23日リリース。

この年のオリコン年間アルバムランキング、1位はDREAMS COME TRUE『MAGIC』で、何と258.4万枚も売り切っている。

そして、2位の竹内まりや(『Impressions』)をはさんで、3位:Mr.Children、4位:B’z、5位:ZARDと来るので、何というか〈ザ・J-POP〉の時代――J-POPという言葉、J-POPというジャンルが、手放しで受け入れられていた時代を思い出させる。

まるでCDの盤面のように明るくキラキラしたサウンド。歌われるメッセージの多くは夢と希望に溢れて――。

バブル経済は完全に崩壊したけれど、〈CDバブル〉は1998年のピークに向かって絶好調だ。そういえば渋谷の街に堂々と巨大にそびえ立つ、タワーレコード渋谷店の開店も翌1995年だっけか。

 

桑田佳祐全作の中でいちばん〈暗い〉アルバム

そんな1994年に『孤独の太陽』はリリースされた。年間ランキングで14位、75.8万枚と、ドリカムほどではないが、こちらもまた売れている。オリコン週間アルバムランキングで1位にもなった。

しかし手触りが――暗い!

桑田佳祐のソロアルバムの中でも断然暗い。J-POPな時代に逆行するように暗い。さらには、デジタル全盛となった時代にも逆行、いや時代と対立するようなアコースティックな手触りのサウンドが、その暗さを、さらに暗闇の奥へと追い詰める。

まずはアルバムタイトルからして〈孤独〉と来るし、一般的に知られる曲も、〈友は政治と酒におぼれて声を枯らし〉〈俺はしがらみ抱いてあこぎな搾取の中に〉と昭和世代の断絶を歌う“真夜中のダンディー”に、〈月見る花に 泣けてきました 嗚呼…〉と絞り出すように歌う“月”なのだ。

その他にも“孤独の太陽”“しゃアない節”“太陽が消えた街”……と、タイトルからして救いようがない。

そもそも桑田佳祐にとって、母親が亡くなるタイミングでの制作作業だったという。棺の横で作った曲もあるというから、暗さのほどにも納得する。

 

日本語というより謎の新言語〈桑田語〉

ただ私が、このアルバムを愛でるのは、そのような暗さの中に、暗闇の奥に、桑田佳祐流日本語ボーカルの到達点を見出すからだ。

この観点から推すのは3曲、#1の“漫画ドリーム”と#9“すべての歌に懺悔しな!!”、#12“貧乏ブルース”。特に“貧乏ブルース”は、もう日本語というより英語、いや英語というより、桑田語という謎の新言語で歌われているように聴こえてくる。

私と桑田佳祐との出会いは1978年、小6の夏に聴いた“勝手にシンドバッド”だ。22歳の桑田青年がまくし立てる〈シャイなハートにルージュの色が ただ浮かぶ〉の一節は、正直、英語に聴こえた。少なくとも日本語には聴こえなかった。

しかし、その手法、日本語発声メソッドは、日本ロック界の中で急速に広がり、結果人々は、〈シャイなハートに~〉を聴き取れるようになり、さらには歌えるようにまでなった。

それでも桑田佳祐は、攻撃の手を緩めない。そして、もっと日本語をグッチャグッチャにして、もっと日本語をビートに張り付かせて〈桑田語〉を完成させたアルバム――これが私にとっての『孤独の太陽』だった。

「そんな何を歌っているか分からない曲、何がよかったんですか?」と若者から聞かれたら、私はこう答えたい――「違うよ、何を歌っているか分からなかったから、よかったんだよ」。

しかし、さらに凄いのは、意味不明な〈桑田語〉で歌っているようでいて、実は鮮烈な意味がしっかり備わっていることだ。当時かなり話題となった“すべての歌に懺悔しな!!”の辛辣極まりない歌詞なんて、今読んでも震える。30年後の今、ぜひCDで購入して、歌詞カードの言葉、単語1つひとつを確かめてほしいと思う。