ポップ・フィールドへ飛び出す準備は万全

オリジナルを1曲だけ忍ばせたミックス作品『Fabric Presents Tsha』(2022年)がファースト・リリースだったことを思えば、ここ数年の彼女の表現者としての飛躍的な成長ぶりには驚かされるものがある。オリジナル作『Capricorn Sun』(2022年)を経た2023年の〈フジロック〉ではライヴ・セットを披露し、DJプレイ以外の表現の可能性も貪欲に探っていたロンドンのDJ/プロデューサー、ティーシャによる2年ぶり2作目『Sad Girl』。ローズ・グレイを迎え、ブリーピーなハウス・トラックで高らかに宣言したガールズ讃歌“Girls”、キャロライン・バーンをフィーチャーした先行曲“Sweet Devotion”では力強いエレクトロ・トラックにメッセージ性を滲ませ、“Can't Dance”ではUKシーン注目のマスター・ピースと攻撃的なドラムン・チューンで渡り合ってみせるなど、いずれも多種多様で強力な楽曲を揃えている。さらに“In The Night”や“Green”でみずからヴォーカルをとったかと思えば、スウェーデンのシンガー・ソングライターであるイングリッド・ウィットを迎えたアルバム後半の2曲ではヴォーカルの魅力を引き出すアレンジャーに徹するなど、プロデューサーとしての成長も著しい。いまや名門となったニンジャ・チューンの期待を一身に背負い、ポップ・フィールドを新たな舞台にして世界を席巻する準備は万全だ。 *野村有正

 


心の痛みをダンスフロアで分け合って

ダンス・カルチャーとポップ・シーンの双方で高評価を受けた初作『Capricorn Sun』(2022年)を経て、昨年は〈フジロック〉にも出演するなど、次世代スターとして注目されるUKのトラックメイカー、ティーシャ。現在はイビザに住んでいるようで、このセカンド・アルバム『Sad Girl』は同地でのリラックスした暮らしのなか、改めて自身の悲しい思春期と向き合ったことが発端になったという。氷上に横たわるアートワークは、鬱病を患っていた彼女に浮かんだイメージが元になっているそうだ。しかし、決して重苦しいムードの作品ではない。ディジー・ラスカルやワイリーがエレクトロ化していた時代を思い出させる、ローズ・グレイを迎えたハウス“Girls”、BPM140超えのトランス・ポップ“In The Night”、マスター・ピースとのポスト・パンク × ガラージな“Can't Dance”など、前作以上にダンサブルでメロディアスなバンガーが揃っている。自身の歌をフィーチャーするという初の試みもあり、そのひとつ“Green”では〈31年間で何千もの人生を生きてきて/何百万回も泣いた〉と歌われているが、ホーンのフレーズを使ったサウンドはアップリフティング。心の切なる痛みをダンスフロアで分け合うことで新たな感動へと昇華させる――エモーショナルな傑作だ。 *田中亮太