
新宿、六本木をパトロールして顔パスになるのにどんだけ苦労したことか
――“嵐のマッチョマン”や“炎のエスカルゴ”といったゴキゲンなシングルで、ディスコリバイバルをグイグイ煽っていた頃のおふたりが思い出されます。
「ディスコに通いまくっていた頃を振り返った曲ね。チークタイム、なくなっちゃうから早くナポリタン喰わなきゃ、って一生懸命で。ナンパとかできないから、離れたところで大人しくしてましたよ。
そんなときにフロアの真ん中で目立っているのがSAM。ダンスうまい奴が真ん中で踊れるわけ。彼、同い年だから。ダンスうまいとやっぱモテるんだな、とか思いながら眺めてた。あ~あ、従業員におぼえてもらって顔パスになりてえなぁ~とか、言いながら新宿に通ってたのが高校2、3年の頃。
芸能界に入ってからは芝浦のGOLDとかに通うようになって。VIPルームにいると、ドンペリがド~ンと運ばれてくる。うわっ、これ誰が注文したんだろ?ってなってたのがバブルの頃」
――バブル前からずっとそういう世界でもまれてきたんですもんね。
「バブル前からしっかり準備はしていてたんですよ(笑)。われわれの上の世代は、しっかりとステップをおぼえてチャチャ踊るとか、そういう感じだけどそっち側は通ってきていない。サッカーばっかやってたもんだから(笑)。後追いでそういう世界をちょっと覗いてたわけ。うわ~こんなのいまさらおぼえたくねぇわぁ、とか思いながら。
そこでフリースタイルのファンキーなダンスを踊ってて、すげえなぁ、と思わされたのがテディ団さん。世界大会で初めて日本人で優勝したダンサー。この人が広めたのがロボットダンス。初めてやったのはコロッケじゃないですからね。〈五木ロボ〉が最初じゃないですから(笑)」
――ハイ、心得ております。
「でもそういう光景をいっしょに遠巻きで見ていたのが実際のところ、コロッケだったりするんですよ。彼も同い年みたいなもので、若いときに同じ店にいたから」
――「お笑いスタ誕(お笑いスター誕生!!)」の同期ですもんね。
「そうっすね。あの頃、新宿、六本木をパトロールして顔パスになるのにどんだけ苦労したことか。その経験は無駄ではなかったってことです」
アガんなくていいです。おじさんはアガると反動が大きいから
――ちなみにその頃聴いていた曲ってどういうのがありましたか?
「あの頃はナニ好きだったっけ……。80年代だからまだLPレコードだった? とにかく友達がイイ曲ばかりを編集したテープをダビングしてもらって聴いてましたね。まぁ、いまだにアーティスト名とかぜんぜんおぼえないんだよね。
ミュージックビデオを強烈におぼえているのは、さっきも話したマイケル・ジャクソン。パロディーやらせてもらって、東京ドームのライブを最前席で観させてもらったりしてね」
――MTV全盛期でしたもんね。
「そうそう。でもあの頃遊びながら聴いてたような曲が、時代が一周したのかどうかわからないけど、いま普通に店で流れてたりするから驚くよね。
最近もバーとか行くと、その頃好きだったレコードを流してくれたりして、そしたらグダグダしちゃって帰れなくなっちゃう(笑)。同い年のマスターが、ノリちゃん、これもあるよ~とかいってかけてくれるもんだから、ナニナニ~なんていいながら聴き入っちゃう。俺はあの頃何してたんだろう……ってしみじみ酒になっちゃったりして」
――いい話ですねぇ。ところで、ノリさんが創作作業に没頭するときにBGMにする音楽ってどういうのになるんですか?
「イマっぽいのもかけるけど、最終的に落ち着くのはハワイアン」
――あ、そうなんですね! ゆったりのんびりしたサウンドが好ましいと。
「あと、困ったときのボブ・マーリー。アトリエでも、店でも」
――アゲアゲ系じゃないんですね。
「もうアガんなくていいです。穏やかなのがいちばん。やっぱおじさんはアガるとその反動が大きいから。お酒でもなんでも、無理すると身体がぶっ壊れますから。昔みたいに、今日はノッてるから起きていよう、とかやっちゃダメ。今日がまさにその状態で、すげえ調子悪い」
――ハハハ。このアルバムのプロモーションや武道館ライブの準備なんかで大変お忙しそう。
「この取材のあともLDHのライブに出演するという信じられない事態が待っているんです(笑)」