1本足の笛吹き男に導かれて辿り着いた場所は、羊たちが静かに思索する丘。
ニュー・アルバム『Curious Ruminant』はアート・ロックの頂に屹立する!
英国ロックの深い森の奥へ分け入ると、そこにはジェスロ・タルの姿があった。60~70年の同国のプログレッシヴ・ロックを概観すると、キング・クリムゾンやピンク・フロイド、イエスやエマーソン・レイク&パーマーなど列強がひしめき合っていたわけだが、68年のデビュー以来、ジェスロ・タルほど第一線で旺盛に活動してきたバンドは数少ない。確かに、イアン・アンダーソン(ヴォーカル/ギター/フルート他)以外のメンバーの変動は激しかったが、駄作はなく、長らく安定飛行が続いている。それだけ、前向きな意欲と貪欲な好奇心と果敢な実験精神に溢れたアルバムを連発してきたのだ。
近年においても2022年に『The Zealot Gene』、2023年に『RökFlöte』とリリースを続けていた彼らが、早くも新作 『Curious Ruminant』 を届けてくれた。一言でいえば、変わらないことの愛おしさと変わり続けることの尊さを同時に感じさせてくれる、稀有な作品ではないかと思う。イアンが音楽の道を志す契機には、マディ・ウォーターズやハウリン・ウルフとの出逢いがあり、ゆえに根っこには 新作所収の“The Tipu House”のようなブルース・ロックが存在するのだが、同時にハード・ロックやトラッド/フォーク、サイケ、クラシックの要素も混在している。それらがハレーションやケミストリーを起こすことで、新作はさらなる前進と飛躍を遂げていると言えるだろう。
そんな新作の特徴をいくつか拾ってみよう。まず、“Savannah Of Paddington Green”“Stygian Hand”といった曲の、英国フォークの流れを汲む、朴訥とした抒情性にシビれること必至。それも、70年代後半の作品に顕著だったフォーク的なフィーリングがアップデートされ、蘇生している印象だ。例えばそこに、フリート・フォクシーズやディス・イズ・ザ・キットら、インディー・フォーク勢に引き継がれたものの原型を見出すことも可能だ。あるいは、一時期メンバーをジェスロ・タルに迎えていたフェアポート・コンヴェンションと呼応/共振し合うトラッド指向を垣間見ることもできる。
“Puppet And The Puppet Master”の冒頭のピアノの調べなどにはジャズからの影響も微かに滲む。そもそも初めて訪れたアメリカで、彼らはジャズ・バンドと誤解され、〈ニューポート・ジャズ・フェスティヴァル〉に出演するなんて珍事も起きている。これはイアンの吹くフルートがジャズ的な響きを有しているからかもしれない。そして、冒頭で述べたように彼らの音楽をプログレにカテゴライズすることもできなくはないが、新作を〈プログレ〉と言い切ったそばから零れ落ちてしまうものが多すぎる。それほどに多種多様な成分が混じり合い、モザイク状の音像が築き上げられたアルバムだからだ。
アコーディオン、マンドリン、テナー・ギター、カホンといった楽器の使用も功を奏している。アコースティックで柔らかな音像は、例えばパンチ・ブラザーズあたりが好きなリスナーにも訴求するはずだ。あるいは、テイラー・スウィフトやビヨンセがカントリー指向のアルバムを制作する時代の空気とも、新作は決して無縁ではないだろう。それくらいジェスロ・タルの音楽は現代的であり、まかり間違っても懐古主義の産物などではない。自然に2024年の空気と馴染む作品なのである。
さきほどジャンル名について書いたが、彼らの音楽は〈アート・ロック〉と呼ばれることもある。なるほど、アートスクール出身のイアン独特の感性は思索的な歌詞などにも表れている。タイトル曲の歌詞には、10代の頃から比較宗教学を学んできたという彼の、長年に及ぶスピリチュアル指向が要約されているという。あくまでも〈商品〉ではなく〈芸術〉を追求し続けてきたイアンの音楽哲学が畳み込まれた『Curious Ruminant』は、まさしくアート・ロックの極みであり、24作目にして最高峰に昇りつめたと言っても過言ではないだろう。
ジェスロ・タルの作品を一部紹介。
左から、71年作『Aqualung』(Chrysalis)、2022年作『The Zealot Gene』、2023年作『RökFlöte』(共にInside Out)
イアン・アンダーソンが参加した近年の作品を一部紹介。
左から、オーペスの2024年作 『The Last Will And Testament』 (Reigning Phoenix)、ティム・ボウネスの2022年作『Butterfly Mind』(Inside Out)