Page 3 / 8 1ページ目から読む
大熊ワタル

野々村文宏らYLEM周辺の人々

大熊「他に思い出すことはある?」

園原「YLEMにいた音楽系の人で、滅多に表に出てこないけど大森(智明)君って人がいたの。YLEMはパーフェクト・マザーとかのカセットをたくさん出してたじゃない。彼がそれをミックスしてて、俺たちの音もダブ処理とかをしてくれた。あと、YLEMで有名になったのが野々村(文宏)君

※編集部注 美術批評家、メディア論研究者。上田雅寛のユニット、パーフェクト・マザーやTACOに参加した

大熊「マイナーにもよくいて、当時〈天才少年プログラマー〉と言われてたね。上田さんとはどういう風に出会ったの?」

園原「やっぱりYLEM。YLEMのイベントに来てた、後で仲良くなる白石(隆之)がいて、彼は当時高校生だったけど『BGM』を出して。白石が佐藤薫と仲良かったりとか、変な繋がりがいっぱいあった」

※編集部注 DJ/プロデューサー。1980年にBGM名義でアルバム『Back Ground Music』を阿木譲のレーベル、ヴァニティからリリース

 

マングースの右足

マングースの右足 結成秘話

大熊「マングースはどういう風になくなっちゃったわけ?」

巣山「なくなってはいない。自然消滅だね」

園原「そもそも俺は、高校の頃は生ギターで(吉田)拓郎の“祭りのあと”とかをやってたの。2年生になって〈まだ音楽をやりたいな〉と思ってた時、田舎だから先輩がやってたのはベンチャーズばっかだった。それでジミヘンとかをやりたいと思ってたら、(レッド・)ツェッペリンとかも出て来た時代で。

だから〈バンドをやるならツェッペリンだな〉と思って、学校で〈バンドやる奴いない?〉と声を掛けたら、同じクラスの神田(昭彦)がジャズ好きだったから〈ベースをやってくれ〉と誘ったの。そしたら、すごくセンスが良いんだよ。で、ドラムがいないなと困ってたら、軽音楽部にうまい奴がいたから〈手伝ってよ〉と誘ったら、〈俺はいろいろやることがあって、後輩でドラムを始めたのがいるから聞いてみれば〉って言うんだよ。その後輩が巣山」

巣山「高校で初めてドラムセットに出会ったんだよね」

園原「当時は見よう見まねで叩いてる感じだった。〈適当でいいからやってみてよ〉と言ったら、いきなり『太陽にほえろ!』(のテーマ)を叩いてみせたから〈こいつで決まり〉となった」

大熊「マングース誕生秘話だね」

園原「俺は高校卒業後、音楽をやりながら別のこともしたいし、親に言い訳もしなきゃならないから東京デザイナー学院という専門学校へ入って、本郷に親戚がいたから下宿して。

当時、俺の中で流行ってたのがザ・スペシャルズやザ・ポリス。しかも、ザ・ポリスはスリーピースでしょ。良いネタだと思って、コピーするのは苦手だったけどコードを合わせて曲を作ってた。で、巣山に〈卒業したら東京に来いよ〉と言って」

巣山「もともと東京には来たかったから、うまくマッチングできたんだよね」

 

巣山隆樹

マングースの右足からトリスタン・ディスコへの移行期

園原「それで当時、俺はとにかくギターで歌や歌詞を作ってた」

巣山「ドラムもベースもこの曲に合わせてくれって言われて。でも、スタジオにもそんなに入れないから……」

園原「俺と神田で合わせたことはあるけど、巣山は俺たちが吹き込んだカセットを聴いただけの状態で、リハーサルもしないうちにライブをブッキングしちゃったの(笑)」

巣山「だから、吉祥寺マイナーでのライブがデビューってこと」

園原「そしたら、思ったより良くできたんだよね」

巣山「良かったと言ってくれた人が何人かいて」

マングースの右足 『マングースの逆襲』 SUPER FUJI(2024)

園原「良い感じじゃんってことで、柏のクレイジーホースとかへの出演も決めちゃって。そのイベントも海賊艇Kが関係あったと思う」

大熊「海賊艇は(1980年)5~7月頃に倒産事件で逃げちゃったから、その辺でなくなった。ロフトのライブは夏だっけ?」

園原「秋頃かな? でも、メンバーチェンジはしてたはず。ロフトの時は巣山と俺と、もう3人いて」

巣山「ということは、だいぶ仕上がってる頃のマングースだ」

園原「そうそう。トリスタンに変わりかけの頃だね」

大熊「園原たちは当時〈ロックやパンクのシーンに嫌気が差してきた〉って言ってたよね」

巣山「オルタネイティブって言葉が流行ったりしてたね」

園原「当時は、それこそディス・ヒートとかヤバいバンドがどんどん出始めたじゃん。いわゆる『No New York』的な」

大熊「ノーウェーブ的なバンドね」

園原「そういう音楽を聴きながら〈俺らはこっちの方だ〉と思って。あと、純粋にファンクも好きだったから。関西弁でファンクをやってたソー・バッド・レビューとか、その辺もホントかっこよくて」

大熊「スライ(&ザ・ファミリー・ストーン)とかが大好きだったよね。その辺の影響を滲ませてるバンドってあまりいなかったから、マングースが気になったんだ」