海の街で育った青年は、草原や山岳への思慕を通じて、自身の原点に立ち返った。加速する音楽愛と表現者としての覚悟の先に生まれた11の歌はどんな話をする?

 「歌やギターが上手くなったし、声質も良くなって表現者として成長できました。自分でこの作品を聴いても、1年間を無駄に過ごさなかったと感じます」。

 そう本人が語るように、神戸出身のシンガー・ソングライター、眞名子新のファースト・アルバム『野原では海の話を』は、楽曲やアレンジの幅、音作りの趣向など、多くの面で1年前のEP『カントリーサイドじゃ普通のこと』からスケールアップを果たした作品になった。全国ツアーや多くのフェス――特に初出演した〈フジロック〉には刺激を受けたという。

 「初めて〈フジロック〉に行って、こんなに楽しい音楽の場所があるんだとカルチャー・ショックを受けました。〈またここで歌いたい〉と純粋に思ったんです」。

眞名子新 『野原では海の話を』 SPACE SHOWER(2025)

 ほぼすべての歌詞を手掛けてきた兄のmotokiと会場で多様な音楽に触れたことも、自分を見つめ直す契機になった。

 「〈フジロック〉で兄と一緒にいろいろなライヴを観て、〈かっこいい、こういうのやりてぇ〉とか言い合ってたんですけど、その結果、逆に〈ルーツに忠実にやるのが大事〉だと思ったんです。僕たちは神戸の片田舎でフォークや歌謡曲を聴いて育ってきたし、自分たちの軸を大切にすることでしか、自分たちだけの音楽にはならないだろうなと」。

 そのステイトメントといえるのが、アルバムからの最初のリード・ソングであるフォーキーな“出自”。〈生まれたところを歌にしよう〉と歌う同曲を制作するために、眞名子は5年ぶりに地元の神戸に帰ったという。そのほか、彼の愛してやまないマムフォード&サンズを思わせる勇猛な“さいなら”、スキッフル~ロカビリーに接近したスウィンギンな“ラジオ”、「オブ・モンスターズ&メンの“Mountain Sound”をイメージした」すき屋のCMソング“網戸”と、ポップな先行曲の数々は、『野原では海の話を』のキャッチーさを代表している。

 「“ラジオ”は、7年前に(以前の名義)神戸のあらたとして配信した曲なんです。バンドで再録するにあたって、リズムや構成などを大きく変えました」。

 以前から眞名子を支えてきた稲葉航大(ベース、Helsinki Lambda Club)と谷朋彦(ドラムス、元プププランド)が本作にも全面参加。トリオとしての成熟を感じさせる、息が合いつつも個性を発揮する演奏が素晴らしい。

 「3人というミニマムな編成のなかで最大限できることを探っています。スタジオに集まって、みんなでアイデアを出し合いながら演奏し、最初は意味わからん方向に行くんですけど、徐々に鋭く尖っていく瞬間が本当に楽しい。そのなかでも“A2出口”は新しいものが出来たと感じました」。

 “A2出口”は音響面での本作のエッジーさが表れた一曲でもある。アタックの強いドラムや前に出ていくベースが、これまでの眞名子新にはなかったモダンな鳴りを響かせている。

 「ドラムテックの佐藤謙介さんが〈年明けにセイント・ヴィンセントのライヴを観てヤバかった〉という話をしてくれて、彼女の“Broken Man”の音をめざしました。フォークやカントリーなど〈出自〉を核に持てたからこそ、いろんなチャレンジをすべきやなって意識も出たんです」。

 生き辛さを感じている女性に向けて〈外の世界へ出ていんだよ〉と促す“諦めな、お嬢さん”、現代社会の閉塞感をシリアスに見つめた“野原では海の話を”など、motokiによる歌詞は、社会性を増しているように見える。

 「“野原では海の話を”は特に兄の生々しい声が綴られていますね。ただ、2人で話し合って作っているので、自分が歌っても違和感はない。シンガー・ソングライターとして、アーティストとして、社会のことを歌にしていくべきだという気持ちは強まっているんです」。

 最後を飾るのは、音楽活動を始めた頃に書いたという“海の一粒”。弾き語りの一発録音で収められた同曲が、眞名子新の原点を刻印している。

 「当時、有名になりたい、人気者になりたいとか思いつつ、何も変わらない現実があった。いろいろなことを思いつつ、でも曲を書くしかないと地元の須磨海岸に行って、海を見ながら作った曲です。作ったときはさほど思い入れがなかったんですけど、いつの間にか眞名子新にとって大事な一曲になりました」。

眞名子新の作品。
左から、2023年のEP『もしかして世間』(眞名子新)、2024年のEP『カントリーサイドじゃ普通のこと』(SPACE SHOWER)

『野原では海の話を』で演奏したメンバーの関連作。
左から、Helsinki Lambda Clubの2024年のEP『月刊エスケープ』(Hamsterdam/UK.PROJECT)、プププランドの2017年作『 CRY! CRY! CRY!』(EXXENTRIC)