©Rory Dewar

 「前作をリリースした後、僕にとってはすべてが本当に急展開で、それは信じられないほど素晴らしい経験だった。その経験ができたことに心から感謝しているし、とても恵まれていると思う。でも同時に、生活が急変したことで、対処しなければならないこともたくさんあったんだ。小さな会場から突然大勢の観客の前でパフォーマンスするという変化が一夜で起こるなんて普通ないから、感情を処理するのがかなり大変だった」。

 突然の成功をこう振り返るバリー・キャント・スウィムことジョシュア・マニー。その弁を聞くまでもなく、2023年にニンジャ・チューンから発表した初作『When Will We Land?』の高い完成度が、このエディンバラ出身の若き俊英に世界最注目のエレクトロニック・アーティストという眩しいスポットライトを浴びせたのは言うまでもない。同作は翌年のマーキュリー賞にノミネートされ、彼は〈グラストンベリー〉や〈コーチェラ〉で大観衆を魅了する存在となった。そんな称賛の渦のなかで本人はインポスター症候群(自身の成功を肯定できず、自分を詐欺師のように感じる自己不信的な心理傾向)に苦しんでいたというから驚きだが、その状況への対処が創作に集中するよう彼の背を押し、結果的にはセカンド・アルバム『Loner』という形で実を結んだのだ。

 「僕は突然の変化に対応して、その緊張感を避けるために、自分を少しだけ孤立させたんだ。そういう状況でアルバムを作るという経験はある意味で孤独なものだったから、タイトルが『Loner』になった。このアルバムを作る過程で僕が向き合っていたのは、他の誰でも何でもなく、本当に僕自身だけだったんだ」。

BARRY CAN’T SWIM 『Loner』 Ninja Tune/BEAT(2025)

 ツアーで世界を飛び回りながら、限られた合間の時間を楽曲制作に没頭することで費やし、その行為が彼自身のメンタルを守ったということなのかもしれない。本人も「育ってきたなかで愛して影響を受けた音楽のコラージュが前作だとしたら、このアルバムはこの1年間の自分自身と人生をありのままに表現した、もっともオーセンティックな作品だと言える」と語る。

 そんな経緯を書けば極度に内省的な作品のように思われるかもしれないが、「制作プロセスはすべて楽しかった」と話す通り、冒頭の“The Person You’d Like To Be”から楽曲のスタイルは前作以上に振り幅が広く、アプローチもさまざまだ。カリ・ウチスのサンプルを用いた2024年の先行曲“Still Riding”のように明快なキャッチーさもあれば、ストイックに突貫するクラブ・トラックの“Different”や“About Begin”があり、または「一瞬で出来た」という“Cars Pass By Like Childhood Sweethearts”やUGKでお馴染みのウィリー・ハッチ曲をネタ使いした“Childhood”のようなメランコリックな美しさも用意されている。

 「前に比べてバンドやロック・ミュージックを好んで聴くようになったんだ。もちろんエレクトロも聴いていたけど、他の音楽にももっとオープンになった。そのことが少しは影響しているんじゃないかな。曲作りのアプローチに関しては、とにかく自分がやりたいことだけをやるように変わった。以前は曲を作ると、それを聴き手がより消化しやすく親しみやすいものに変えていたんだよね。でも今回はそれをしなかった。自分がやりたいことだけを考えて曲を作っていったんだ」。

 ドリーミーな“Kimpton”を共作したオフリン、“Machine Noise For A Quiet Daydream”に招いたシーマス(大学時代からの親友だという)といった最小限の客演も含む充実作となった『Loner』。曲ごとの意図やそこにある思いもさまざまに見え隠れはするが、本人にとってその真意は受け手と共有するものではない。

 「音楽の素晴らしさの一つは、人々が自分自身の意味を自由に見い出せることだと思うんだよね。だから、僕はあまり音楽の意味や内容を過剰に説明したくないんだ。説明してしまうと、聴き手はそういう受け取り方しかできなくなって、その人が自分にとっての意味を見い出すチャンスを失ってしまう。でも、何の先入観もない状態で聴くと、それぞれが異なる意味を見い出すことができる。問いも、感情も、メッセージも、皆が自由に感じてくれたらいいなと思う」。

 少なくともその意味のひとつは、初来日となる今夏の〈フジロック〉で見つかるのかもしれない。そうでなくても孤独から生まれた楽曲たちのカラフルな輝きはそれぞれの場で受け手の身体と心を躍らせてくれるはずだ。

 


バリー・キャント・スウィム
スコットランドはエディンバラ出身のプロデューサー。9歳で弾きはじめたピアノをきっかけに音楽に親しみ、その後はエディンバラ・ネイピア大学で音楽を学ぶ。2019年末に“Because I Wanted You To Know”を公開し、コンスタントに楽曲を発表していく。2023年のファースト・アルバム『When Will We Land?』がマーキュリー・プライズにノミネートされるなど高い評価を獲得する。セカンド・アルバム『Loner』(Ninja Tune/BEAT)を7月11日にリリースする予定。