©Johnny Millar

歌の息吹が音楽の一部をなすように――21年ぶりの再来日に寄せて

 〈作曲当時の楽器と奏法で演奏してこそ、作曲者の企図に最も近づける〉との考えから、楽器奏者たちが19世紀以前の演奏スタイルを本格的に研究して積極的に実演に活かすようになったのが20世紀半ばのこと。その後世紀の変わり目を経て今日まで、非・専門家を多く含むリスナーたちと共に成功例と議論を重ねながら〈古楽〉は大躍進してきた。声楽家たちもこのムーヴメントに深く関わり、聖歌隊の伝統が根強く残る英国では楽器を使わないア・カペラ作品の掘り起こしや解釈の再検討も早くから活発だった。ホグウッドやピノックらがロンドンで古楽器楽団を続々立ち上げた1970年代には、女声を含む英国ア・カペラ団体の2巨頭タリス・スコラーズとザ・シックスティーンが結成され、ともに無数といってよい録音歴を重ねつつ、半世紀後の今なお現役で世界を魅了し続けている。

 両団体の傑作アルバム群が続々日本にも届けられてきた中、タリス・スコラーズは昨2024年までに通算18回来日しているが、2025年秋のザ・シックスティーン来日ツアーは実に21年ぶりの日本公演になる。ライヴへの期待が高まる中、充実したディスコグラフィに改めて感嘆しつつ、指揮者ハリー・クリストファーズに話を伺うことができた。

 「最後の訪日はもうずいぶん前ですが、日本の皆さんが驚くべき集中力で深く聴き楽しんで下さったことはよく覚えています」とクリストファーズは語る。来日公演の演目は、生誕500周年を迎える16世紀イタリアの大家パレストリーナの作品が中心だ。英国の古楽団体だからといって、ルネサンス期に充実のきわみをみせた英国音楽に固執はしない。欧州大陸を視野に入れてこその多声芸術だ。「パレストリーナの偉業は他の追従を許さぬ域にあり、幾世紀も作品研究が続けられてきたのに、今日聴かれている彼の音楽はほんの僅か」と嘆くクリストファーズの意気込みは、ここ15年ほどで9作のアルバムに結晶をみせたパレストリーナ録音プロジェクトからも窺える。「このシリーズは、ほとんど知られていなかったが衝撃的に見事というほかない作品が多くを占めています。取り組みを通じて彼の生涯のあらゆる時期から曲が見つかり、この作曲家の為したことがより高い解像度で分かるようになりました。来日公演の演目が、同じパレストリーナの作品でも多岐に渡っているのはそのためです」

 “教皇マルチェルスのミサ”などパレストリーナの数作の有名曲だけでは、礼拝軽視の過剰な芸術性追求とのそしりを斥け聖職者たちを唸らせた彼の真価はおろか、16世紀の音楽世界を概観することさえできない。「プーランクやブリテンなど近代作品も歌い、現代作品の委嘱・初演もする私たちですが、何をやる時も〈作曲家の企図にできるだけ忠実に〉との考えが常にあります。教会の礼拝で歌われる前提で書かれた音楽をコンサートホールで披露する状況の中で、ルネサンス期の音楽がどういうものなのかを現代の聴き手にも伝わるようにしたい。詩句がちゃんと意味を持って立ち現れるよう歌い、過去の音楽に命を吹き込むのです」ことパレストリーナに関しては、クリストファーズのような専門家でも険しい道だったという。「彼が真の職人気質をそなえた芸術家であればこそ、完璧すぎて学術性が鼻につく演奏にもなりかねないのです。楽譜を読み解こうと躍起になり、うまくゆかず苦労した時期も長かったことを告白せねばなりません。でもある時、ただ楽譜に身を任せて、曲を自ずから語らしめるよう歌えばよいのだと気づきました。フレーズの細部を睨みつけて音を辿るのではなく、音楽が息をできるように。私たちの歌の息吹が音楽の一部をなすようにするのです。旧約聖書『ソロモンの雅歌』に基づく作品など、まさに言葉が描く絵画のような世界が立ち上がりますよ」

 2025年の来日公演ではパレストリーナ作品の他、存命中の2人の作曲家、エストニアのペルトとスコットランドのマクミランの曲がとりあげられる。両者とも合唱曲作曲に造詣が深いだけでなく、グレゴリオ聖歌やルネサンス音楽に強い刺激を受けたことが創作の原点にある大家だ。こうして「選曲にコントラストをつけることで、結果的に各作曲家の魅力が際立つ」とクリストファーズは語る。「ペルトの作品は音が少ないからこそ、そのシンプルさと静謐に聴き手の耳を慣らす力を持っています。他方グレゴリオ聖歌とパレストリーナの聴取体験を作曲活動の出発点にあげるマクミランを、私は現代最高の教会音楽作曲家と考えています。この組み合わせは終始一貫した完璧なプログラムになっていると思いますよ」

 このように古楽と近現代曲を対比させる選曲は彼らの録音盤でも時折見られ、演奏表現をより示唆的に聴かせてくれる。「ライヴ体験に勝るものはありませんが、150以上に及ぶアルバムも一つ一つが私たちの誇りです。聴く時はトラック単位でなく、アルバム全体を通して聴いてみてください。流れにもよく注意して作っていますから」と語るクリストファーズの企図は、そういったアルバムでも深く実感できるだろう。「ともあれ、テクノロジーには甘えたくないのです。録音物も人間らしさを大切に、 完璧を期しつつ過剰な完璧さに陥らぬよう、自然な演奏に聴こえるようにしたいと思っています」 

 


LIVE INFORMATION
2004年以来21年ぶりの来⽇公演。
美しいハーモニーに酔う⾄極の2時間!

2025年11月20日(木)東京オペラシティ コンサートホール
開演:19:00

2025年11月21日(金)神奈川 海老名市文化会館 120サロン
開演:17:00 マスタークラス

2025年11月22日(土)神奈川 相模女子大学グリーンホール
開演:14:00

2025年11月23日(日)京都 バロックザール
開演:15:00

2025年11月24日(月・祝)アクロス福岡
開演:15:00

■曲⽬
パレストリーナ:ミサ曲《兄弟たちよ、わたしは主から受けたことを》から「キリエ」「グローリア」
ペルト:主よ、平和を与えたまえ(2006)
パレストリーナ:《ソロモンの雅歌》から第16番 「わが愛する者よ、⽴って」
マクミラン:《ストラスクライドのモテット集》(2005~07)から「その⼿を差し伸べ」
パレストリーナ:《ソロモンの雅歌》から第18番「わたしは今起きて、町をまわり歩き」
パレストリーナ:⼤いに尊敬されるべきは
パレストリーナ:スターバト・マーテル
パレストリーナ:ミサ曲《ドレミファソラ》(ヘクサコルド・ミサ)から「クレド」
パレストリーナ:《ソロモンの雅歌》から第4番「わたしは⾃分のぶどう園を守らなかった」
マクミラン:《ストラスクライドのモテット集》(2005~07)から「とこしえの王として、主は御座をおく」
パレストリーナ:《ソロモンの雅歌》から第6番「あなたのほおは美しく飾られ」
ペルト:カエサルを讃えて(1997)
パレストリーナ:わたしたちはこれらの町が受けた苦難のことを聞き
パレストリーナ:ミサ曲《ドレミファソラ》(ヘクサコルド・ミサ)から「アニュス・デイI & II」

https://x.gd/vrvbO