〈世界で約10億回のストリーミング再生を誇る〉アーティストがポップスターではなく、静謐なインストゥルメンタルミュージックを奏でるピアニストであることが、まさに現代社会とそこに生きる人々の心を映し出している――。

2020年、デッカ・レコード(US)からアルバム『You Finally Knew』をリリースしてポストクラシカルシーンでも注目を集めたコンポーザー・ピアニスト、チャド・ローソン。自身の闘病体験から音楽とウェルネスの関係を探求し、ポッドキャスト「Calm It Down」のクリエイター兼ホストとしても人気を博している。

このたび、2024年のアルバム『Where We Are』のデラックス版として『Where We Are (Unity Edition)』をデジタルアルバムとしてリリースした彼が、東京で初となるフリーライブを開催するために来日。ピアノのみならず、落ち着いたトーンの声を聞いているだけで、心がふっとほどけてくるような対話の時間をもつことができた。

CHAD LAWSON 『Where We Are (Unity Edition)』 Decca(2025)

 

現代は刺激が多すぎて、人間は〈感じる〉ことができなくなっている

――『You Finally Knew』のライナーノーツを書かせていただいたときにオンラインでお話しして以来ですね。そのときはパンデミックの真っ最中でしたが、それから5年。ローソンさんにとってどんな変化がありましたか?

「今振り返るとパンデミックというのは、閉ざされた世界のなかで、それぞれの人が自分たちの内面のすごく深いところに入っていく期間だったと思います。それまでは、心の内側の話を他者と共有することなどあまりなかったけれど、パンデミックを経て、だいぶ共有できるようになったような気がします。

もちろん、パンデミックで大変な目に遭った人、多くのものを失った人はたくさんいます。けれど同時に、自分の新しい面を発見した人、新しい自由を手に入れたと感じた人もいたのではないでしょうか」

――たしかに、それまで動いていたものが一度すべてストップしたことで自分と向き合い、そのなかでローソンさんの音楽とつながった人もたくさんいたでしょうね。

「なぜ自分が音楽を作っているのかをあらためて考える機会になったので、このご質問をしてくださったことに感謝します。この5年間で実感したのは、〈チャド・ローソン〉の音楽はどうでもいいということ。つまり、私の音楽を見つけてくれた人にとっては、音楽云々よりも、そこからなにを感じるか、ヒーリングされるプロセスが大切なのだということがわかりました。

パンデミックでさまざまな経験をしたという話を皆さんから聞きました。そのなかで、誰もが荷物を背負わされていて、それを下ろしたいんだけれど、どう下ろしていいのかわからない。だから私に、それを下ろす手伝いをしてほしいと思っているのを感じたんです。自分の音楽というのは、リスナーが荷物を下ろしたり、行きたい場所に行くための〈手〉でありたい。そんなふうに思うようになったのが、いちばんの変化ですね」

――先ほど〈permission(許可)〉という言葉を使われましたが、「ちょっと荷物を下ろしていいんだよ」と言ってくれるのが、ローソンさんの音楽だと思います。

「パンデミックを経て、〈今、どんな気持ち?〉と人に聞くようになりました。以前はそういうことを言葉にすることはありませんでしたが、今では11歳と15歳の息子たちにも〈今、君はどういうふうに感じてる?〉とよく聞いています」

――カウンセリングのようですね。ウェルネスやマインドフルネスといった視点からも音楽を探求しているローソンさんらしいです。

「最近、ライブをはじめる前に必ず話しているのですが、今の世の中は、目から入るもの、耳から入るものからの刺激があまりにも多すぎて、人間は〈感じる〉ということができなくなっているのではないかと思うんです。

音楽やヨガ、呼吸法などで〈感じる〉ことを100%取り戻すことはできないけれど、心の刺々しい部分がソフトになったり、一時的にでもストレスから解放されることで、少しだけいい気持ちになって、また自分の生きる世界に戻れる。ライブがそんな時間になればいいなと思いながら演奏しています」

――アルバムを聴く時間も、そういった時間になっていると思います。

「『You Finally Knew』に入っている“Stay”という曲は、メディテーション(瞑想)をしているときにすごくいい気持ちになって、〈ああ、この世界にずっといられたら、ステイできたらいいのに〉と感じたことから生まれました。

でも、それだけではダメなんです。ずっと気持ちのいい場所にステイしているだけでは、ただの独りよがりです。そこでヒーリングされたら、今度は世の中に戻って、自分がほかの人に助けの手を差し伸べてあげられるようになる。そういったことを歌った曲です」