メタラーのジャズピアニスト西山瞳さんによるメタル連載〈西山瞳の鋼鉄のジャズ女〉。今回は、人間椅子の24作目のアルバム『まほろば』について。〈素晴らしい場所〉〈住みやすい場所〉といった意味の古語をタイトルに掲げた新作の魅力とは? *Mikiki編集部

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人間椅子 『まほろば』 メルダック(2025)

 

2025年もあと1ヶ月半。そろそろ今年を振り返るシーズンに入りました。

私事ですが、この一年は少し体調を崩し、演奏活動を始めて27年になりますが、初めて〈演奏活動を長く続けるのは、とても大変なことだ〉と、心から実感する一年でした。

長く活動しているアーティスト、バンドは、凄すぎる。

特にメタル系は、音量も大きく、パフォーマンスも激しく、身体への負担も大きい。
メタル系は、ジャズ系のミュージシャンのように演奏以外の音楽の仕事(レッスンや営業など)も多くなく、自らの音楽を貫き通さねばならない。

修羅の道を選び、ずっと歩み続けているのですよ……リスペクトしかないです。

そんな実感を持った一年でしたが、そこで改めて凄いと思うのが、人間椅子。

新譜が出るたびにこの連載で取り上げていますが、私が高校生の時に聴いていたバンドがずっと活動していて、しかも2019年にYouTubeで”無情のスキャット”が世界に発見されて再ブレイク、海外ファンや若いファンも増え、しかし昔とやっていることは基本的には変わっておらず、どんどん音楽はストロングになっていく……。

貫き通すことの尊さを教えてくれるバンドです。

 

そんな人間椅子ですが、今週11月19日に新譜『まほろば』がリリースされました。

2023年の前作『色即是空』は、とんでもない傑作でした。

匂い立つハードロックの歴史、現代に向き合ったメッセージ、それらを包む生命力溢れる演奏、〈過去、現在、未来〉の全てに真摯に向き合った、やり続けた者にしかできないロックがそこにありました。個人的には、人間椅子の最高傑作だと思っています。

〈こんな傑作を作っちゃった後、どんな作品を作るんだろう?〉と心配に思うほど素晴らしい作品だったので、この新作『まほろば』は、とてもドキドキしながら聴いたんですよ。

それがですね、前作と比べ、未来志向でとてもポジティブ、エールをもらえて、今年不調だった私にとって、背中を押してくれる作品でした。

また、『まほろば』を聴いていると、最初に人間椅子に惹かれた時(90年代)、どういう部分に興味を引かれたのか、新鮮に感じていたのかなど、懐かしく思い出したりもして、私にとって初心に戻るものがありました。

人間椅子に最初に出会った時、まずは読経のような歌い方が強烈で、そして歌詞をよく聴くと怪談のようだったり古語だったり、よく聴いてもわからなかったり(笑)、聴けば聴くほど面白いし一筋縄ではいかない。そしてライブに行ったら凄まじい爆音。この歌詞の奇妙な世界を理解したいと思いながら、聴いていたことを思い出しました。

例えば、3曲目“阿修羅大王”、最初に〈悪を挫(くじ)く〉という歌詞が出てきます。〈悪を挫く〉って、久々に聞いたなーと思いましたよ。昔、テレビで時代劇を頻繁に放送していた頃は、子供でもチャンバラごっこの前に口上で言ってましたが、忘れていたけれど格好良い言葉ですね。悪を挫きたい!

この曲、聴いていくと、徐々に仏教の言葉が沢山出てきます。聴いていて、なんとなくわかる言葉と、わからない言葉がある。歌詞カードを見ながらもう一度聴いて、漢字を見たらなるほどと思ったり、これ何だっけ?と調べたり、あの小説でこの言葉が出てきたなと思い出したり、こういうプロセスが楽しかったんだなと、思い出したんですよ。

逆もあって、7曲目“恋愛一代男”。歌詞カードを先に見て、なんて美しい歌詞だろうと思って曲を聴くと、想像と全然違う、曲調と歌い方。うそー!

こういうことも、昔からよくありました(笑)。

続けて8曲目“ばかっちょ渡世”。〈ばかっちょ渡世〉っていう言葉自体がどういうこと?と面白いんですけど、これを嵌めるリズムがまた面白い。

“あんたがたどこさ”のように、日本語の歌詞に合わせると結果的に変拍子になるような、日本語と西洋リズムのいびつさって、いいですよね。日本語と日本文学に長けて、なおかつハードロックに造詣が深い人ならではの、ユーモアですね。

前作『色即是空』は、現代へのメッセージを強く感じる内容だったので、言葉遊びよりも〈この時代に何を伝えたいか〉の方が、耳と心に飛び込んできました。

今作『まほろば』は、〈言葉に対する興味〉という、私が人間椅子に興味を持った原点を改めて感じさせてくれる、言葉の豊かさ、面白さ、それをどういうリフの上で歌うのか、そのマッチングを楽しむ作品になっていて、前作よりリラックスして楽しめるところがあります。