鋭い歌と曲、リアルな歌詞を携えた鮮烈なデビュー
山崎ハコは、1957年、大分県日田市に生まれた。高校から神奈川県横浜市へ転居した後、〈ジョイナス・ニューフォーク・コンペティション〉で優勝したことをきっかけに、1975年に弱冠18歳の若きフォーク系シンガーソングライターとしてエレックレコードから『飛・び・ま・す』でデビューした。その当時は、徐々にポピュラー度合いを強めていくニューミュージック周辺の動きと連動するように、フォーク、ロック、ポップス、そして歌謡曲の境目が急速に溶解すると同時に、従来のフォークの範疇に収まりきらない個性豊かな歌い手――例えば中島みゆきや、森田童子、佐井好子など――がデビューしていった時期にあたる。山崎は、そのような新世代デビュー組の中でも一際年齢も若く、自らの青春の懊悩に体一つで激突してみせるような鋭い緊張感を、作詞・作曲・歌唱の端々に湛えていた。
また、その楽曲は、ピンク・フロイド好きの兄からの影響が滲むサイケデリックな感覚を湛えていた一方で、彼女自身の生活環境や身体の中からそのまま迸り出てきたような、ある種の日本的原風景を想起させる深遠なスピリチュアリティがあった。また、故郷や幼年期への憧憬や、若者の蹉跌や絶望を歌うその歌詞は、時にあまりにも直裁でありながら、同時に聴くものの胸を激しく穿つようなリアリティにあふれていた。加えて、その直裁さと感情の偽りのなさ、誇りの高さは、先述のWRWTFWWの再発時にプレスリリースでも強調されていた通り、新たな時代のフェミニズムの思想とも共鳴するものであったろう。
サイケデリックな感覚と映像喚起的な力強い詩情
今回、2枚組デラックスエディションとしてリイシューされた『飛・び・ま・す』の本編リマスター音源を聴き直してみると、何よりもまず、そうした実存への肉薄ぶりに驚かされることになった。そこには、ただ憐憫的な感情に流されているわけではない、より深い陶酔のようなもの――ただし、いわゆる自己陶酔とは決定的に異なる、音楽自体への陶酔というべきもの――を感じるのである。
中でも、今般の再評価でも特に人気の高い曲の一つである“さすらい”こそは、私にとってそうした陶酔的な感覚――これを〈サイケデリック〉と言い換えてもいいだろう――を最も強く喚起させる曲だ。佐藤準が編曲を手掛けたジャズ風味のこの曲は、今聴き直してみると、そのサウンドは、〈暗い〉などというかつてのイメージを超え、歌声も含めほとんどあのティム・バックリィを想起させるようなな芳醇かつ映像喚起的な力強さを感じさせる。
片や、“サヨナラの鐘”や“飛びます”あたりの曲は、ストリングス等ウワモノの編曲こそ主流ニューミュージック〜歌謡曲風だが、ミニマルさと滋味の混じり合ったそのリズムセクションの演奏は、2010年代以降のフォークロック再解釈の審美眼ともさほど遠くないものを感じさせる。このあたりは、村上“ポンタ”秀一(ドラムス)や小原礼(ベース)など、当時のトップミュージシャンたちの演奏がいかに秀逸なものであったかという視点からも、強く興味を惹かれる部分だ(アルバム中には他にも、大村憲司(ギター)やデビュー前のCharこと竹中尚人(同)など、多くの名手たちが参加している)。
“望郷”も“さすらい”に次いでSpotify上での再生数の多い曲だが、世界各地のサイケデリックフォークの発掘/再評価という視点を経由した上で再度味わってみると、かつてはいかにも〈演歌的〉と感じられた曲調やアレンジに、ごく鮮烈な意味での〈日本的感性〉が表出していることが確認できる。同様のことは、“かざぐるま”、“竹とんぼ”あたりにも言える。
また、“橋向こうの家”のように、アコースティックギターのシンプルな伴奏で披露される曲は、彼女の〈個〉がそのままの形で刻まれているという意味で大いに魅力的であるのはもちろん、そのシンプルな演奏ゆえに、先に述べたような陶酔感/サイケデリックな表情がかえってはっきりと浮かび上がっているように感じられる。もし、海外のリスナーたちが、こうした曲にブリジット・セント・ジョンやヴァシュティ・バニヤン、リンダ・パーハクスらと共通する詩情を嗅ぎ取っているのだとしたら、彼等の嗅覚は確かに正しい。