
オルガンの音は天上から降ってくる
――オルガンは他の楽器と違い、その場所に行かないと弾けませんし、メンテナンスなども大変です。アルバムの録音については苦労もあったのですか?
「アルバムの録音については下谷教会で柔らかくダイレクトな音による録音ができました。音の明瞭度が高く、響きもよかったので粒立ちがクリアになっています。オルガンの場合、送風機の音やストップ(音色選択機構)を操作する時の音などがあり、マイクを楽器に近づけると雑音まで大きく録れてしまうという難しさがあるのですが、オルガン録音の経験も豊富なエンジニアの鈴木浩二さん(ソニー・ミュージックスタジオ)によって、低音から高音までしっかり録音できました。
特にこだわったのが音の細かな変化が見える録音です。オルガンと聞くと、コンサートホールや大聖堂に響き渡る荘厳さを思い浮かべる方もいると思いますが、反対に、近くに寄って細やかな演奏表現まで聞こえる距離感が下谷教会の魅力です。牧師のお話が聞こえるような感覚で音楽が聞こえることを目指しました。結果として、心にぐっとくる音になったと思います」
――鍵盤楽器の場合は多くの人がピアノから入ると思いますが、オルガンに興味を持ったのはいつ頃ですか?
「母がピアノ科出身で、私も小学生の頃はピアノをやっていて、ピアニストになりたいと漠然と思っていたんです。中学でミッション系の東洋英和女学院に進学した時、初めてオルガンと出会いました。学校ではオルガンの音を礼拝などで毎日のように聴きます。そこで上から音が降ってくるような、天上の響きを聴いて新しい感覚を体感しました。
ぜひオルガンを弾いてみたいと思い、オルガニストの河野和雄先生に師事し、昼や放課後などに競ってオルガンを争奪して練習しました。学校にはパイプオルガンの他に電子オルガンもあったので、オルガンに出会うには最高の環境だったんです。ピアノの音色も好きだったのですが、多彩な音色が出せるオルガンに興味を持ち、オルガニストになりたいと思うようになりました。高校2年生の頃に恩師である東京藝術大学・廣江理枝教授に習い始め、オルガンの足鍵盤の表現力にも魅了されました」
これほど一つ一つ個性が違う楽器は他にない
――オルガンを語るとき、とても楽しそうにお話しされるのが印象的です。こう言っては失礼ですが、今や完全なる〈オルガンマニア〉のような感じですね。
「そうなんです、おっしゃるとおり私はまさにオルガンマニアなんです(笑)。鍵盤のタッチやペダルの違い、パイプの長さ、ストップの操作の仕方などマニアックに延々と語ってしまいます。
これだけ一つ一つ個性が違う楽器は他にはないと思います。実際に弾いてみないと弾き方のイメージが湧かないんですね。もちろんYouTubeなども参照しますが、やはり想像だけでは厳しい。ですので、この下谷教会のように自分がいつも弾けるオルガンがあることは大変素晴らしいことです」
――オルガンは持ち運びができず、ピアノのようにあちこちにあるわけでもないので、弾くために世界各地を飛び回る必要があります。世界ではどの地域に多いのですか?
「パイプオルガンはドイツ、フランス、オランダにいい楽器が揃っており、フランスのオルガンに関してはオーケストラ的な音色を出せるので、やはり色彩豊かなロマン派の作品が合います。フランクなどの作曲家がその場のオルガンのために作った作品もあり、作曲された当時のオルガンを弾けば作曲家の意図が見えてくるんです。
バッハが鑑定に行ったオルガンがドイツにはありますが、ドイツのオルガンはやはりフランスより芯がある音が出ます。鍵盤もドイツの場合はより重くなるんです。速いテンポで弾けないので、〈当時はこういうテンポで演奏していたのかな〉と、実際に楽器を弾くとよく分かりますね。
私が留学したフランスのトゥールーズも歴史的に重要なオルガンがたくさんあります。私が習っていた先生もヴェルサイユ宮殿のオルガニストを兼任しており、フランス・ロマン派が得意な先生でとても刺激的でした。オルガンと言えば、北ドイツ・バロックがレパートリーの中心なので北ドイツの楽器に興味がありましたが、私の場合はフランスにも行きたかったんです。藝大在学中からフランスに行くようになり、まずフランスに留学しました。
その後はドイツのリューベックで、バロックだけでなくドイツ・ロマン派もお得意なアルフィート・ガスト先生に師事しました。リューベックの教会にはとても素晴らしいオルガンがあります」