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楽器のイメージ
フェルドマンは、しばしばレッスンやレクチャーのなかで、「楽器のイメージ」という言葉を口にした。つまり、楽器は表出のためのツールではなく、楽器が発する音響それ自体がイメージとして顕在することを意味する。“ピアノ”や“ピアノ、ヴァイリン、ヴィオラ、チェロ”といったタイトルからも、楽器自体がフェルドマンの音楽にとって最も重要な存在であることがわかる。たとえば、“Why Patterns?”では、ピアノの断続的な高音域のパターンにグロッケンシュピールの金属音が絡み合うシーンが延々と続くが、それぞれの楽器のもつ固有性が慎重に吟味され、不規則に繰り返されるパターンのなかに「楽器のイメージ」が織り込まれていく。その「楽器のイメージ」は、その曲を聴き終えたあとでも深く耳の奥に焼きつくのである。
晩年に向かってフェルドマンの音楽は、演奏時間が長大化していく。最長の長さをもつ“弦楽四重奏第二番”は6時間以上も要する。このような作品の長大化は、時間の方向性を宙づりにしながら、弱音による「楽器のイメージ」が際立たせる個々のパターンは、「全体」という拘束から解放される。そして、あたかも眼の前に広がる大きな絵画作品を観ているかのような感覚になる。