“チープ・イミテーション”が結んだ、フェルドマン、高橋、ケージ、そしてサティ

高橋アキ, MARGARET LANCASTER, DAVID SHIVELY 『John Cage, Morton Feldman: The Works For Piano II』 Mode(2021)

高橋アキ, MARGARET LANCASTER, DAVID SHIVELY 『高橋アキ プレイズ ケージ×フェルドマン via サティ』 カメラータ(2021)

 高橋アキが演奏するジョン・ケージの“チープ・イミテーション”とモートン・フェルドマンがアンサンブル化した同曲、ケージの小品が収められたモード・レコード制作のケージ・エディション最新作(国内盤はカメラータから発売)。ライナーノートによるとケージのこの作品は、著作権上の問題を回避するために考案された。ケージはマース・カニングハムが振り付けたサティの“ソクラテス”の上演を彼の翻案による2台のピアノ版で計画したが出版社からの許可が下りず、完成していたマースの振り付けをそのままに、この曲を使って作品を作曲した。こうして“ソクラテス”はピアノとダンスのための作品“チープ・イミテーション”と題され、原曲のメロディーなどの素材をリミックスして一本のピアノが奏でる短旋律の音楽として生まれ変わった。さらに時を経て80年、高橋アキとの出会いを祝してフェルドマンがこの曲のアンサンブル版を作る。

 フェルドマンはサティの原曲について「何も起こることなく、変化せず、ひたすら先へと進む」作品と評している。「後ろ向きに走るよう訓練された走者」のように変奏にとりつかれた同時代音楽との隔たりをケージ、そしてフェルドマンはこの作品に聴いていたのだろうか。ちなみになぜ後ろ向きなのかというと、「変奏という考えに取り憑かれて、先へと進むという暗示が常に素材へと作曲家を振り返らせるから」、そうフェルドマンは説明する。ではケージの音楽、フェルドマンの音楽は前向きなのか。それはどこにも向かわない。記憶の変容。それは曲の中で、演奏中に起きる。ケージがサティをマースの振り付けに基づき変容して、高橋のサティを聞いたフェルドマンが、フェルドマン・サウンドとしてケージ作品を変容する。高橋の演奏によって三つの記憶が重ねられて、遮られない、動揺のない一本の緊張したロープの上を歩く、そんな音楽にサティを仕上げていく。アーティストたちの営みは、こうして一枚のディスクに記録されてふたたびあらたな記憶、営みに繋がっていくのだろう。

*「」内、モートン・フェルドマン エッセイ集「Collected Writings Of Morton Feldman “Give My Best Regards To Eighth Street”」より引用