photo: Betty Freeman

フェルドマンのレッスン
その生誕100年に寄せて

フェルドマンのレッスン

 モートン・フェルドマンに最初に会ったときのことはよく憶えている。〈ニュー・ミュージック・アメリカ〉という現代音楽祭が1985年にロサンジェルスで開催された。そのときにフェルドマンの新作“ピアノと弦楽四重奏”がロサンジェルス・カウンティ美術館で高橋アキさんとクロノス・カルテットによって世界初演されるというので、留学先のサンディエゴから駆けつけた。ほんとうに静かな曲だった。ピアノとカルテットによる美しい響きによってさまざまに交錯するパターンが浮遊し、変容を繰り返していく。それは、時間が静止したような体験で、たとえば、マーク・ロスコの大きな絵画のディテールを90分ほどかけてじっと眺めているような感覚だった。終演後、フェルドマンや高橋アキさんを囲んでディナーをとるために湯浅譲二夫妻に同行してダウンタウンの中華街に。そのときは、フェルドマンから直接に作曲の個人レッスンを受けることなど考えてもみなかった。

 ニューヨーク州立大学バッファロー校で長年にわたって教えていたフェルドマンが僕の留学先のカリフォルニア大学サンディエゴ校の客員教授に迎えられたのは1987年の1月だった。寒いバッファローから暖かいカリフォルニアに移住することをフェルドマンは考えていたようだ。そして、湯浅譲二の薦めもあり、冬学期だけ、毎週一回のペースでフェルドマンから個人レッスンを受けることになった。その最初のレッスン。フェルドマンは「これからアドバイスをするけれど、それは君の考えをクリアにするどころか、混乱させるかもしれない。人間は、ものを知ればそれだけ混乱するものなんだよ」と、いきなりの前置き。それから、レッスンでは、当時、初演されたばかりのオーケストラのための“コプトの光”のテープを聴かせてくれたり、バッハの“マタイ受難曲”を図形的に分析する課題が出されたり、あっという間に2~3ヶ月が過ぎた。