独立独歩でステージを拡大させてきたロック・バンドがついにメジャー・デビュー! 複雑かつ曖昧な感情を自在な発想で鳴らす4人が見た、決して消えない色とは?

 2024年にZepp Shinjukuでのワンマンをソールドアウトさせ、今春メジャー・デビューを果たした東京・江古田発の4人組ロック・バンド、時速36km。このたび発表されたメジャーでのファースト・フル・アルバム『目を閉じても残る赤』は、バンドが積み重ねてきたギター・ロックやオルタナティヴ・ロック、ハードコア、パンクといったサウンドを基盤に、ラップやポエトリー・リーディングなどさまざまな手法を取り入れた、純粋な音楽愛と好奇心が漲るエネルギッシュな作品に仕上がっている。同作が生まれた経緯をメンバー全員に語ってもらった。

時速36km 『目を閉じても残る赤』 ポニーキャニオン(2026)

 

セオリー通りじゃなくていい

――昨年のEP『Around us』もそれまでの時速36kmの延長線上かつ新しいことに挑戦した作品でしたが、『目を閉じても残る赤』は違う角度からそれを実現させている印象を受けました。

オギノテツ(ベース)「制作過程で自然と〈変なことをいっぱいしよう〉というスタンスになっていったんです。たとえば“東京”ではシンセ・ベースやバリトン・ギターを使ったり」

仲川慎之介(ヴォーカル/ギター)「〈おもしろいアルバム〉にするための選択を重ねました。“ブリキの翼”は野外で録ったコーラスをめちゃめちゃ入れてみたし、ラップ曲の“Beyond the Sea, Above the Lights”はもともと趣味で作っていたもので、ドラムもサンプリングを使っています。そんな曲もこのアルバムにはしっくりきた」

――過去にラップ調の節回しを入れた“Cakewalk”を発表しているので、違和感はありませんでした。

オギノ「それまでと全然違うことを急にやると、聴いてくれる人が戸惑って付いてこられないと思うんです。 今回の“Beyond the Sea, Above the Lights”は“Cakewalk”があったから入れられたし、この節目のタイミングでもいろんなエキスを入れておけば、のちのち出す曲に対しても〈急に路線変更した? 迷走してる?〉と思われることはないだろうなと」

石井開(ギター)「手法自体は手垢の付いたものばかりでも、僕らとしてはあまりやってなかったことを積極的に取り入れています。ちゃんと僕らの色で完成させられた満足感がありますね」

松本ヒデアキ(ドラムス)「『Around us』は全曲シングルになってもいいものをめざしたので、良くも悪くも大きな逸脱は生まれにくかった。でも今回はフル・アルバムだから自由度の高いものになりました」

――サウンド面でのアプローチが広がったことで、歌詞で描かれた心象風景とサウンドスケープの親和性が高くなったと感じました。歌詞をより生々しく、立体的に伝える音になっている。

仲川「まさにそういうことを大切にしました。『Around us』の制作で〈俺が日本語で歌っているのは聴き手に伝えたいからで、アレンジは歌詞とメロディーを充分に伝える役目を果たすためのものだ〉という結論に至って。“波の中の一粒”もこの歌詞で描いた波の様子を表すなら絶対にギター・ソロは2本でハモる必要があったし、(石井が)俺のデモ以上にすごくいいフレーズを出してくれた」

石井「フレーズを作るときに、ソングライターが曲に込めた思いや意図を無意識のうちに考えていたんだと思います。慎之介の作った“Fire”や、オギノが作った“東京”みたいなそれぞれの深層心理が出た曲は、ギターにも自然と力が入りますね。それはバンド結成10年の歳月があるからできることなんだろうなって」

松本「レコーディング・エンジニアの兼重哲哉さんが〈塊でドカッとくるバンドらしい迫力は損なわないようにしつつ、音を整理してヴォーカルがしっかり乗るようにしよう〉と提案してくださったんです。“七月七日通り”では、僕らのライヴ特有の質感をミックスで出してくれたんですよね」

オギノ「俺が作った曲については、歌のことはフル無視でアレンジを考えました。“オーバードライブ”は兼重さんに〈サビにベースのスラップ入れていいわけないだろ〉と怒られたけど(笑)、我を通して」

仲川「あのベースは歌詞に説得力を出しているから正解だと思う。アレンジは一般常識やセオリーで組むものじゃない。寂しくても、うるさくても、歌詞がその音を求めているならそれでいい。それが確信に変わりました」

 

変わったし、変わってない

――メジャー・ファースト・シングルにもなった“その未来”のサウンドは2000年代のJ-Rockをテーマにしたそうですが、当時の質感を落とし込むにあたり、どのような考えがありましたか?

松本「バンドを組む前からずっとそのあたりの音楽が好きなので、あえて意識しなくても自然とあの時期の音作りや演奏になるし、たとえ影響を感じさせるものであったとしても、慎之介が歌えば時速36kmになるという安心感もあります。あと僕らって音楽の好みは近いけれど、まったく同じではない。俺が通ってきたパンクやメロコアを慎之介はそこまで通ってなくて」

オギノ「〈あのバンドみたいな音楽がやりたい〉という具体例がないんです。同い年や同世代のメンバーだから、これまで生きてきた時代の空気を共有し合っているうえで、好みの音楽性はバラバラ。それらが偶然上手いこと混ざってるだけなんですよね」

――とはいえ“My Hummingbird”のメロディーが持つムードには、仲川さんが傾倒してきたBUMP OF CHICKENの影響を色濃く感じます。

仲川「こればかりは言い訳できないです(笑)。DTMでデモを作るようになった最初期の曲で、しっかり自分のなかの世界を落とし込んだ結果、バンプの影響が色濃く出てしまった……。でも選んだ言葉やメロディーには自分っぽさもすごくあるし、それだけバンプの音楽が血肉になっていると実感しましたね」

――なお、アルバム・タイトルの『目を閉じても残る赤』は“網膜の奥、ハートの側”から抜き出された一節です。

仲川「“その未来”が外側から見える我々の10年間なら、“網膜の奥、ハートの側”は内側から見た10年だと思っていて。アルバムが出来上がって俯瞰的に聴いていたときに、このフレーズを聴いてふと〈目を閉じていても光は赤として残っていて、それが嬉しいのか悲しいのか、鬱陶しいのかどうかもわからない。そんなアルバムかもしれないな〉と思ったんです」

オギノ「ずっと昔から慎ちゃん(仲川)と、くるりの“東京”が日本語ロックの完成形だと話しているんです。〈まぁいいか〉という一節にたくさんの感情が入り混じっていて、あれを引き伸ばしたものを歌詞と呼ぶんだと思うな。日本語ロックにおいては、単一の感情で曲を作ってもおもしろいものは生まれないと思うので、10代の頃から東京という街が身近だった俺だからこそ感じる苛立ちや怒り、やるせなさといった本音を“東京”でぶちまけました。あの曲を作った経験は今後に活かせると思っていますね」

――未来への布石となる楽曲が揃ったアルバムになりましたね。

石井「“網膜の奥、ハートの側”では〈なんて新しい音なんだ! 時代が変わろうとしてる!〉と自分でも感動するほどおもしろい音を出すことができて、新しさとルーツを両立させられたように感じます。今後のアプローチにも幅が生まれるんじゃないかな」

松本「『Around us』から歌を際立たせることを重視してドラムを作ってきて、その面でも今作で順当な成長ができたし、どの楽曲も気持ちよく受け入れてもらえると自信を持って言えます。慎之介もオギノも歌詞でアイデンティティを貫いてくれたからこそ、〈こんだけ変わったし、でもこんだけ変わってないんだよ〉としっかり示せるアルバムになりました」

時速36kmの作品。
左から、2019年のEP『最低のずっと手前の方で』、2021年作『輝きの中に立っている』、2023年のミニ・アルバム『狂おしいほど透明な日々に』(すべて2DK)、2025年のEP『Around us』(時速36km)、2026年のシングル『その未来/ハロー』(ポニーキャニオン)

 

4人の心に残る『目を閉じても残る赤』の隣に並べたい作品!!!!

仲川慎之介が選ぶ、指標となった2枚

フロントマンの仲川は、アルバムの制作中に羅針盤となったという作品をチョイス。まず、BUMP OF CHICKENのメジャー2作目『ユグドラシル』は、「バンドとしてのエゴや強みがめっちゃ出てるのに、誰が聴いても感動できる大衆性も兼ね備えている。俺のなかで日本のロック・バンドのアルバムにおける完成系のひとつ」だそう。さらに、a flood of circleが先鋭的な音楽性を拡張させた最新作『夜空に架かる虹』を、「攻めるべきか引くべきかを選択するタイミングで及び腰モードが発動しそうになったとき、この一枚が〈ごちゃごちゃうるせぇ、飛びたいなら飛べよ!〉と叱ってくれたんです」と挙げました。

左から、BUMP OF CHICKENの2004年作『ユグドラシル』(トイズファクトリー)、a flood of circleの2025年作『夜空に架かる虹』(インペリアル)

 


石井開が選ぶ、ギタリスト魂に刺さった2枚

ギタリストの石井は、彼の音楽的なルーツであるハード・ロックに由来した2作を選びました。1枚目は、米NY出身のバンド、デンジャー・デンジャーのギタリストとして知られるアンディ・ティモンズのソロ作『Electric Truth』。本隊とは路線の異なる、全編をインストで仕上げたフュージョン・タッチの逸品で、特に石井は“When Words Fail...”を愛聴しているとのこと。そして2枚目は、MR. BIGが2023年に行った最後のワールド・ツアーでの日本武道館公演を収録したライヴ盤『The BIG Finish Live』。「速弾きなのにメロディアス」というポール・ギルバート評は、石井自身にも当てはまるのでは!

左から、アンディ・ティモンズの2022年作『Electric Truth』(Timstone)、MR. BIGの2024年のライヴ盤『The BIG Finish Live』(Evoxs)

 


オギノテツが選ぶ、己と共振する2枚

ベーシストであり、仲川と共にソングライティングを担うオギノが最初に挙げたのは、Galileo Galileiの『パレード』。「最初に決めたコンセプトに従うというより、やりたいことが爆発している印象で、そのメジャー初期っぽい作風が参考になりました。収録曲“SIREN”のあけすけなニヒルさ加減は、今回のアルバムで僕が書いた“東京”に受け継がれている気が」と述べています。さらに、ASIAN KUNG-FU GENERATIONのサード・アルバム『ファンクラブ』を、「結成10年目に作るべき作品とは?という点で意識した作品。少し捻くれたポップス加減に自分たちと通ずるところがあると思います」とピックアップ。

左から、Galileo Galileiの2011年作『パレード』(ソニー)、ASIAN KUNG-FU GENERATIONの2006年作『ファンクラブ』(キューン)

 


松本ヒデアキが選ぶ、憧れざるをえない2枚

ドラマーの松本は、「この空気感を手掛かりにアルバムを作りました。道に迷ったら、立ち返る場所として心に留めておきたい音楽」と、UNDER THE COUNTERのセカンド・アルバム『I Know That Panda Was Stoned』を選出。抒情性と透明感を併せ持つ歌心やエモ・アンサンブルなどの面で、『目を閉じても残る赤』に影響を感じられるのではないでしょうか。その一方、GRAPEVINEの『Almost there』については、「リリースのたびに〈こういう曲も書くのか!〉と驚きを感じさせつつ、持ち味は失わない。僕らもこんなイカしたやり方で歩いていきたいものです」とロールモデルのひとつとして見ているようです!

左から、UNDER THE COUNTERの2007年作『I Know That Panda Was Stoned』(クラウン)、GRAPEVINEの2023年作『Almost there』(スピードスター)