2004年に結成され、2012年に解散したハヌマーン。そして2011年結成のバズマザーズ。2つのバンドでボーカリスト/ギタリストを務めてきたのが、山田亮一だ。その山田が2024年、新たに組んだ山田亮一とアフターソウルがバンド名を〈アフターソウル〉とシンプルにし、1stフルアルバム『軽音楽』をリリースした。大麻所持疑いで逮捕されるなど、紆余曲折を経て届けられた作品による彼の〈再起動〉が話題になっている。

近年、ハヌマーンの過去作などにおける山田の表現は邦ロックシーンで影響を強めつつあり、彼から影響を受けたことを公言するアーティストも多い。では、彼の唯一無二の歌詞世界や鋭くひりついた切迫感のあるオルタナティブロックサウンドは、どこから来ているのだろうか? 今こそその表現に迫るべく、京都livehouse nanoの店長で〈ボロフェスタ〉を主催する土龍(モグラ)こと西村雅之に綴ってもらった。 *Mikiki編集部


 

ロックスターでブルースマン、人間・山田亮一の横顔

livehouse nanoは2004年3月に営業を開始している。今は2026年、23年目を迎えた老舗とも呼べるキャリアがある。解散、休止、はたまた活動再開や活動スタートなど、膨大な量のミュージシャンの節目に立ち会ってきた。目の前からいなくなるやつもいれば、新しく出会うやつもいる。その繰り返し。その中で、〈来るもの拒まず・去る者追わず〉が僕の仕事の上での心情になった。いちいち感情を動かされていては身がもたない。基本的に薄情な性格であることが、この仕事を長く続けることができる要因の一つだと思ってる。

が、ずっと僕の目の前にいる人間もいる。目の前とは何の喩えでもなく、ブランクがあることもあるが、この23年間、nanoに出演し続けているということだ。そういう人間もいる。

そのうちの一人が山田亮一だ。

初登場は2005年か。亮一の身体は今よりも恰幅がよかった。〈でかいな〉という印象とは裏腹な鋭いカッティングを成す手首の動きに魅了され、その後彼の言葉に撃ち抜かれた。どの曲を演奏したかは定かじゃないが、きっと“ハイカラさんが通る”の〈彼女は僕の知らない/うるさい音楽に夢中さ〉だろう。パンチラインなのかどうかも、表しているのが喜びなのか悲しみなのかも怪しい。ただ、その言葉は異様に美しかった。そこからハヌマーンの音楽に夢中になり、思いつけば頻繁にオファーを出した。音、演奏、メロディー、言葉など、音楽を構成するすべてのものが完璧だと思った。

僕の印象が変わったのが、アルバム『RE DISTORTION』にコメントの寄稿を頼まれ、発売に先んじて拝聴した時だ。収録曲“幸福のしっぽ”を聴いて、そこにある、赤裸々に見せる山田亮一という人間の〈隙〉に驚いた。音楽の作家として、一切の弱みを見せることなく、完璧で〈隙〉のない姿を僕らに届けてくれる彼だったはずだ。が、そこで唄われる主人公の心情は、一人の人間だから持てる、描くことのできるものだった。

ハヌマーン 『RE DISTORTION』 ASR(2010)

僕だってロック音楽のファンであることを自称している。ロックスター達の、人によっては自死に辿り着いてしまうほどの苦悩を、知識として知っている。そこで気付いた。山田亮一は〈本当に〉ロックスターなのかもしれない、と。同時に、痛々しいほどに、確実にブルースマンであると把握した。

余談だが、聴き終わった直後、いてもたってもいられなくなって電車で2時間ゆられて彼に会いに行ったのは、推しの作家ではない、とても生々しい〈人間・山田亮一〉に会いたくなったからなんだろう、と今になって思う。