自分たちだけで完成させた特別な曲“HARDLY EVER SMILE”
――この作品自体も、そうした紆余曲折の中で、レコーディングを中断したり、スタジオを移ったりしながら完成していったんですね。
「ただ、“HARDLY EVER SMILE (without you)”だけは少し特別な曲でした。他の曲はもともとライブで演奏していたものが多かったんですけど、斎藤ネコさんの元を離れて、自分たちだけで作品を完成させることになった時に、〈何かひとつ分かりやすい軸になる曲が欲しいよね〉という話になったんです。
それに、当時どうしてもグラウンドビートの曲を作りたかった。だから、この曲だけは私自身がギターでコード進行とメロディを作りました。それ以外の曲は、ベースラインからみんなで組み立てたり、そこに歌を乗せたりする形が多かったですね」
――“YOU NEVER DID UNDERSTAND”は、ベースラインがとても印象的な曲です。
「この曲は、ベース担当の彼女が中心になって作った曲です。まずベースラインがあって、その上にギターや歌を重ねていきました」
――アルバム全体を通して、ベースの存在感が際立っていると思いました。
「彼女自身、とてもこだわりを持っていました。高校時代から一緒にバンドをやっていた仲間なんです。当時は本当にパンクバンドでしたけど(笑)」
――“SAVE OUR PLANET”は曲名からもメッセージ性を強く感じます。当時は湾岸戦争などもあり、環境問題への関心が高まっていた時代でしたが、そうした社会情勢も影響していたのでしょうか。
「私はもともとすごくネガティブな人間なんですけど(笑)、当時一緒に活動していたDJ BABY TOKIOが、〈世の中をもっと良くしていかなきゃいけない〉ということを熱心に話していて。ある意味、ずいぶん影響を受けました。〈自分たちが生きている世界を、もう少し良くしていかなきゃいけないよね〉という感覚は、あの頃かなり強く持っていたと思います」
――あの曲はSEもふんだんに使われていて、どこかサイケデリックな雰囲気もあります。
「この頃になると、スタジオにはいろいろな人が出入りするようになっていたんです。ロンドンで知り合った友人がたまたま近所に住んでいて、〈レコーディングしてるから遊びに来ない?〉みたいな感じで呼んだりして。ギターを弾いてもらったり、“SAVE OUR PLANET”や“START WORRYING (USE YOUR BRAIN)”で歌ってもらったり、いろいろ参加してもらいました。当時は大学生だったんですけど、今はレコード会社に勤めているらしいですね。もう30年くらい会っていませんが(笑)」
新しい音楽を積極的に聴く斎藤ネコ
――“I’M HERE AND HERE I’LL STAY”のリズムも印象的です。
「この曲は、斎藤ネコさんが〈リズムボックスの音を差し替えたら絶対によくなるよね〉と言ってくれて、音色を変えてくれたんです。
ちなみに“START WORRYING (USE YOUR BRAIN)” のリズムは大津真さんがプログラミングを担当しています。ただ、本人はもう全然覚えていなくて(笑)。この前も〈これ、大津さんがやったよね?〉って聞いたら、〈え、やったっけ?〉って言われました。30年以上前の話ですからね」
――そもそも、リズムボックスを使おうと思ったきっかけは?
「高校生の頃にリズムボックスを買ったんです。あの機械的で少しチープな感じというか、ポコポコした質感がすごく好きで。当時よく聴いていたのがファン・ボーイ・スリーやヴィサージだったので、そのあたりの影響も大きいと思います」
――ラストの“WHEN YOU CALL MY NAME”は、今の耳で聴くとシューゲイザーやアンビエントにも通じるようなサウンドですよね。
「当時の感覚で言うと、どちらかというとジーザス&メリーチェインに近かったと思います。もちろん、そういう音響的な音楽も好きで聴いていました。ただ、自分ではあそこまで徹底してやり切れないな、という気持ちもありましたね。
それに、あの曲に関しては斎藤ネコさんのアイデアも大きかったんです。ネコさん自身はニューウェーブやロックをたくさん聴いているタイプではなかったんですけど、私が〈これいいですよ〉と渡したものは何でも聴いてくれる人でした。
ミュージシャンって、大きく分けると新しい音楽をあまり聴かない人と、積極的に聴く人がいるじゃないですか。ネコさんは完全に後者で、いつも若い人たちの音楽に耳を傾けていましたね」