ジャズ、ポップス、R&B、現代音楽を軽やかにフューズさせる市川空、1stスタジオ・フルアルバム発表

 自身のトリオや安ヵ川大樹ニュートリオ、中村恵介HUMADOPEのようなさまざまなバンドで伸びやかなピアノ・インプロヴィゼーションを聴かせるほか、寺久保伶矢の主宰するReiya the P.A.V.E.、Billie Jean & the DEATH RABBITSなどエレクトリック色の強いバンドではカラフルなキーボード演奏を展開。現代ジャズ・シーンで多彩な活躍を見せる市川空が、Reborn Woodから初のスタジオ・フルアルバム『The Only Thing I Can Do Is Think Of You』を7月15日に発表する。同作では、前述のピアノ&キーボード演奏だけでなく、ヴォーカルも披露。ジャズ、ポップス、R&B、現代音楽などさまざまな要素をフューズさせた大きな世界を描き出している。彼の音楽的バックグラウンドや、アルバムに込めた気持ちを語ってもらった。

市川空 『The Only Thing I Can Do Is Think Of You』 リボーンウッド(2026)

 

――市川さんの音楽にはさまざまな要素が溶け込んでいるように感じました。音楽的バックグラウンドをお聞かせいただけますか?

「たぶん僕の音楽の一番根底にあるのはサイモン&ガーファンクル(以下:S&G)とドビュッシーだと思います。両親はふたりとも音楽家ではないのですが、父はS&Gのギターの弾き語りを、母は家でドビュッシーのピアノ演奏をよくしていたので、それが僕の中に沁み込んでいる気がします。ピアノについては、4歳から10歳までピアノを習っていたのですが、それはもっぱらクラシック・ピアノでした。ジャズを知るきっかけになったのは、14歳の時に両親に買ってもらった電子ピアノ。その楽器に付属していたデモ音源の中に、スコット・ジョプリンが演奏する“メイプル・リーフ・ラグ”という曲があって。その演奏を通じてラグタイム・ピアノの楽しさに触れたのが最初だったと思います」

――最初はかなりトラディショナルなジャズから入られたんですね。

「そうですね。それがきっかけでラグタイム・ピアノに興味を持つようになって。いろいろなピアニストを探していくうちに、アート・テイタムに辿り着いたのが本格的なジャズとの出会いということになると思います。その後はケニー・カークランドが大好きになっています」

――そうしたピアノ&キーボード演奏と並行してシンガー&ソングライターとしても活動。このアルバムにも3曲でヴォーカルを披露されています。どのようなきっかけで歌われるようになったのですか?

「ヴォーカルに興味を持つきっかけになったのは、高校生の頃に聴いたベネット・マクレーンです。と言っても、マクレーンは純粋なヴォーカリストというわけではなく、ヴァイオリンやピアノなどさまざまな楽器を演奏するマルチ・ミュージシャン。たまたまマクレーンが歌っているのを聴いて興味を持ったのが、ジャズ・ヴォーカルとの初めての出会いだったと思います。

その後、大学に入った頃からジェイコブ・コリアーを聴くようになって。彼の音楽からはヴォーカル・スタイルだけでなく、作曲方法、多重録音の技術などさまざまな面で影響を受けています。

それから長谷川白紙も僕にとっては大きな存在。大学2〜3年生の頃に、彼の『草木萌動』っていうEPを聴いたんですけど、その時にものすごい衝撃を受けて。〈あ、ポップスっていうのはこういうやり方もアリなのか!〉と思いました。ベネット・マクレーン、ジェイコブ・コリアー、長谷川白紙の3人が僕のヴォーカルに大きな影響を与えていると思います」

――新作『The Only Thing I Can Do Is Think Of You』を聴きますと、どの曲もメロディの力が強いように感じます。作曲方法についてお聞かせいただけますか?

「作曲する時にまず考えるのは、そのメロディを自分が歌うことができるかどうかということ。僕はジャズ・ピアニストであると同時にシンガー&ソングライターでもあるので、自分の声でしっかり歌うことができるということが作曲の大前提になります。それとあわせて大事にしているのが、自分が歌ってみて楽しいと思えるかどうか。今、メロディの力が強いっておっしゃっていただけましたけど、そういう意識がキャッチーなメロディを生み出してくれているような気がします」

――作曲のルーティンなどはお持ちですか?

「僕は思い付いた時に作曲するタイプなんです。ですから、思い付いた時には割と早く出来あがります。1日で書きあげることもあるし、1週間で2〜3曲書けてしまうこともあるので。そのかわり、半年~1年くらいまったく作曲をしないこともあります(笑)」

――どのような時に思い付きますか?

「曲を思い付くのはたいてい、自分の中で大きなイベントやターニング・ポイントになるようなことが起こった時。自分が新たに知った作曲的技法を試してみようと思って書くこともありますけど、たいていの場合は、何か大きな変化が起きた時や、何か新しいものに出会った時ですね」

 

――市川さんの音楽には美術や文学などからの影響も感じるのですが、その辺はいかがですか?

「その影響は確かにあると思います。先ほど両親の話を少ししましたけど、ふたりとも美術系の仕事を生業にしている関係で、家の中にたくさんの絵画があって。幼い頃から自然とそうしたものに触れていましたし、自分でも展覧会などによく出掛けます。美術館で感じた絵画の雰囲気や色彩などからインスピレーションを受けて曲が出来るということもあるので、そうしたことも含めて、アルバム全体が僕の日記のようになっているように思います」

――それではアルバムの楽曲について伺ってまいります。アルバム冒頭の“Brown And Black”は、胸が締め付けられるような切なさを感じます。

「“Brown And Black”は、僕が大好きだった、〈ちゃくろ〉という猫に捧げて書いた曲です。うちは両親とも猫好きで、何匹も飼っているんですけど、その中でも〈ちゃくろ〉は最も思い入れの強い子。その子が15歳で息を引き取った時に書き上げた曲です。その時は僕も胸が締め付けられるほどの悲しさでした。

実はこのアルバムにはもうひとつ、〈ちゃくろ〉を歌った“Vividly”という曲があって。“Brown And Black”が、ちゃくろが亡くなった直後に書いたのに対して、“Vividly”は気持ちの整理ができた頃に書いた曲。君はもう行ってしまったけど、僕はずっとここで立ち止まっているよという内容の歌詞を添えて、自分の記憶をリフレインしている感じの曲にしています」

――同様に色をタイトルにした“Gold In Blue”という曲がありますが、これはどのような曲なのですか?

「“Gold In Blue”は、オディロン・ルドンという19世紀後半〜20世紀初頭に活躍したフランスの画家の作品にインスパイアされて書いた曲です。僕はルドンが大好きで、彼の自伝も読んでいるくらいの大ファン。ルドンというと、目玉や顔をモチーフにした白黒の木炭画が有名ですけど、実は50歳を過ぎた辺りから急に色を使いだすんです。中でも特徴的なのが金色と青の組み合わせ。観ているうちに、自分が夢の中にいるような不思議な感覚になります」

――それではもしかすると、“The Toro”という曲は、パブロ・ピカソからインスパイアされた曲ですか?

「そうです。ピカソは、何頭もの牛をさまざまなタッチで描いた『Le Taureau』をはじめとして、闘牛をモチーフにした油彩や版画など数多くの作品を発表していますが、僕の“The Toro”のモチーフになったのは、ピカソがエジディオ・コスタンティーニと共作したガラス細工の『Toro』。それを観たのは大学生の頃。以前、箱根に遊びに行った時に、箱根ガラスの森美術館にその作品が展示されているのを知って、接することができました。赤い牛の身体に人面が組み込まれていて、そこから大きな角が生えているという外観。不気味なんですが、そこにはある種の哀愁や荘厳な美しさも感じられて。ものすごく圧倒されたのを覚えています」

――“Blues For Buffalo Man”、“K.K.’s Cane”という曲は、どなたかへのトリビュート曲でしょうか?

「“Blues For Buffalo Man”のタイトルにある〈Buffalo〉というのは、最初にお話ししたベネット・マクレーンのこと。実は、彼のニックネームが〈Buffalo〉なんです。マクレーンはブルースが好きらしくて、ブルース曲をいくつも書いているので、その彼にブルースを捧げようと思って書いた曲です」

――“K.K.’s Cane”の方は、複雑なリズムとたくさんのエレクトロニカが交錯する曲。聴いていて、自分がどこにいるのかが分からなくなるような感覚がありました。この曲の〈K.K.〉というのは?

「ケニー・カークランドです。彼の作品で一番好きなのは、『ケニー・カークランド・デビュー!』(1991年発表)っていうアルバム、っていうか、彼は若くして亡くなっているので、そのアルバムが唯一のリーダー作なんですけど……。

そのアルバムを聴くと、シンセサイザー・サウンドをアコースティック・サウンドとしっかりと融合させている演奏がいくつかあって。あの時代にこれほどの音楽を作り上げていたのかと思うと本当に驚きです。そうした彼の音楽を現代の音として昇華させたいと思って作り上げたトラックが“K.K.’s Cane”です」

――最後に今後の展望をお聞かせください。

「これまでの僕は、DTMを用いながら作った作品をウェブ上で発表することが多く、そうやって完成させた楽曲はあくまでもウェブ上の作品と考え、自分の現実世界でのライヴ演奏と切り離して考えていたんです。ですが、今回のアルバム制作を進めていくうちに、せっかく生み出された音楽が現実世界での生命が与えられないのは可哀そうだなというふうに考え方が変わってきて。今後は、ウェブ上で発表した曲も、ライヴでどんどん演奏し積極的に歌っていきたいと思っています。どうぞライヴにお越しください」

 


市川空(Sora Ichikawa)
1998年生まれのピアニスト、シンガーソングライター。4歳からクラシック・ピアノを習い、14歳の時にラグタイム・ピアノを聴いて衝撃を受け、以降ジャズを志す。洗足学園音楽大学のジャズコースを首席で卒業。2023年のSeiko Summer Jazz Campに参加しBest Arrange & Composition Awardを受賞。ジャズのみならず、ポップス、R&B、現代音楽などのジャンルでも活動しており、演奏のみならずDAWによる音源制作及び楽曲提供も行っている。
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LIVE INFORMATION
市川空 リーダーライヴ

2026年7月28日(火)東京・六本木 Alfie
開店/開演:18:45/19:15

2026年9月12日(土)東京・六本木 Alfie
開店/開演:18:45/19:15

■メンバー
市川空(ピアノ)
高橋将(ベース)
塚田陽太(ドラムス)

https://chikainokotoba.wixsite.com/soraichikawa/schedule