カンタベリーの巨星が辿った進化と自壊
英国ジャズ・ロック・シーンのイコンにして、いわゆるカンタベリー・トゥリーの根幹でもあるソフト・マシーン、初の本格的評伝(英本国での初版は2005年、改訂版が2014年)である。時系列に沿った評伝本文が約400ページ、詳細なディスコグラフィやコンサート記録などの資料編が約150ページで計554ページという大著。メンバーをはじめ関係者取材もテンコ盛り。マシーンに関する資料としては、現時点で最強・最詳である。

あれほど巨大な存在だったのに、なぜ本格的評伝がなかなか書かれなかったのか? それは、音楽スタイルの変化(ダダイスティックなサイケ・ポップからフュージョンまで)やメンバーの変遷(66年の結成から80年代初頭の瓦解までに計24組の編成)が激しく、全体像を把握するのが極めて困難だったからに他ならない。マシーン初期からライヴを観続けた熱狂的ファンの著者(音楽評論家ではなく本職は環境問題の専門家)の視線も、その激しい変容の中で音楽的ルールを拒絶、変革し続けたイノヴェイターとしての彼らの姿と結果としての悲劇に一貫して注がれている。だからこそ、原著のサブタイトルが〈Out-Bloody-Rageous(とんでもなく凄まじい)〉となっているのだろう。これはマシーンの3rdアルバム『Third』のラスト(2枚組LPのD面)に収められたマイク・ラトリッジ作の曲タイトルだが、その前曲(同C面)“Moon In June”(ロバート・ワイアット作)が初期マシーンのスタイルを受け継いだ60年代理想主義的ヴォーカル曲だったのに対し、ミニマリズムを取り込んだ高度な70年代型ジャズ・ロックであり、マシーンが大きく変貌してゆく狼煙でもあった。
次作『Fourth』でのワイアットの離脱(クビ)あたりから本格化するメンバーの変転と粛清、絶え間ないエゴの衝突、超絶技巧インスト集団への変貌史は、音楽的進化/深化であると同時に、初期マシーンにあった猥雑さやユーモアが去勢されていく過程でもあり、ドキュメンタリーとして実にスリリングである。そしてそれはまた、ジャンルの檻を破壊しようとして自らが作った檻の中で自壊していった者たちのドラマでもあった。そのドラマの非情な推進者であり、マシーン後の活動で例外的に商業的成功を収めたマイク・ラトリッジとカール・ジェンキンスが本書でインタヴューに応じていないことは、残念であり、また納得もできる。