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〈売れる音楽〉ではなく納得できる作品を残したい

――そんな高校時代を経て、Aureoleはどういった経緯で結成されたのでしょうか。

「原型は、20代中盤頃に組んだバンドなんです。そこから、何度もメンバーが入れ替わったり、バンド名が変わったりといった変化を経て、メンバーが定まったタイミングでNATURE BLISS(レコード会社)から声がかかり、バンドとして安定しました。デビューで、気合が入ったんでしょうね。僕自身も〈28歳くらいまでに芽がでなかったら、音楽を辞めようかな〉と考えていたので、たまたま28歳でデビューできて〈もうちょっと続けられるな〉と思ったんです。

とはいえ、NATURE BLISSからのリリースはショット契約だったので、2枚目をどこから出すのか悩んだところもあって。いろんなレーベルにアプローチすることも考えたんですが、〈自分でやったほうが面白そうだな〉と妄想していったら、そのほうがいいような気がしてきて、株式会社キルクを立ち上げるに至りました。僕がレーベル運営を仕事にすれば、対バンしているなかで出会ったかっこいいバンドを、世の中に知ってもらうための手伝いもできますからね」

――kilk recordsを始動するときは、どのようなことを意識していましたか。

「僕は趣味のように運営するレーベルは、あまりかっこよくないと思っていて。やるならちゃんとやりたかったので、自分を奮い立たせるためにも、いくらか資本金を用意して会社化しました。意図的に洋楽バンドの作品をリリースするようにしたのも、ポッと出のレーベルが舐められないようにするため。ビールもそうですけど〈なんとなく趣味で始めたんでしょ〉と思われるのは悔しかったんです」

――実際にkilk recordsが始まってみて、改めて気づいたことはありましたか。

「正直なところ、インディーミュージックに対して〈存在を知れば、みんな好きになるはず〉と思っていたんですよ。出始めた頃のポストロックやエレクトロニカって、すごくクールな存在でしたし。でも蓋を開けてみると、たとえ存在が知られても、そこまで支持されるような音楽じゃなかった。一部の人にしか好かれてないのは、知られてないからではないという現実に気づいたんです。

それからは〈音楽ビジネスって難しいんだな〉と痛感していますね。自分の好きな音楽が〈売れる音楽〉だったら、もうちょっとビジネスとして成り立っていたのかもしれませんが、そうじゃないなら選択肢はふたつしかない。ビジネスとして売れる方向へ行くか、ビジネスは諦めて自分の道を貫くか。個人的には〈やりたくないことをする音楽は本末転倒〉という考えだったので、売れなくてもいいから、自分が納得する作品を残すほうに尽力することにしました」

 

40代、〈新人〉として挑んだビール作り

――「納得する作品を残すほうに尽力する」と決断できたきっかけが、何かあったのでしょうか。

「コロナ禍へ突入した直後くらいに自分もコロナに感染して、1、2週間くらいホテル療養することになったんです。ふと考えてみると、何もしない1週間というのは、30歳を過ぎてから初めての経験。完全密室で誰と話すわけでもないし、自分のなかで考えを巡らせる時間になったんですよね。

そのなかで〈わけもわからず上を目指してきたけど、30代で何を得たんだろう〉とか〈レースを勝ち続けるために頑張ってきたつもりだけど、今の自分には何が残っているんだろう〉と考えて。しいていえば、作品や店は形として残るけど、別に得たものはなかったように感じたんですよね。そこから〈40代は何かを得るのではなく、何かを残すほうに時間を使いたい〉と思うようになっていきました。

でも、音楽を使って何かを得ることを辞めるなら、別の何かで食べて行かなきゃいけない。そうなったとき、ある日、ピカーンと来たのが〈ビールを作ること〉と〈ワインを作る〉ことだったんです。実際に調べてみると、ワインはお金がかかりすぎて無理だなって感じだったんですけど、ビールはギリギリいけなくもなさそうで。〈どうせ1回きりの人生だから、いろいろやるのもいいかも〉と思って、ビールを始めることにしました」

――人生の舵を、かなり大きく切りましたよね。

「そうですね。30代までは〈音楽だけをやって死んでいく人生でいいな〉と、ずっと思っていたのに(笑)。会社社長として10何年もやっている段階だったんですけど、〈新人の森大地です。よろしくお願いします〉みたいなテンションで、ビール醸造の研修に通っていました」

――40代を過ぎてから新しいことへ挑戦するのに、尻込みしなかったんですか。

「ゼロスタートじゃないと思っていたので、臆することはありませんでした。〈警備や介護の会社を始めます〉とかだと、必要なものを分かっていない状態なので、ちょっと自信がないですけど、ビールに関しては自分が音楽を通して培ってきた経験が何かしら生きるという自信があった。マーケット分析やブランディング、アートワークの魅せかたとか。〈コネクティング・ザ・ドッツ(点と点をつなぐ)でどうにかなるはずだ〉という絶対的な過信があったんです」