京都のロック無頼派、FRYING DUTCHMANが14年ぶりの新作を完成!!

 京都を拠点に活動する3人組バンド、FRYING DUTCHMAN。ブルースやロックンロールのエッセンスを濃縮した音世界を形成したのは、バンドの中心人物であるLEE TABASCO(ヴォーカル/ギター)が生まれ育った京都の風土とジャンルレスな音楽的土壌であった。

 「生まれ育ったのはバリバリの下町。いまは再開発でだいぶ変わったけど、京都でいちばん柄の悪いところでした。京都は若い人から重鎮まで、個性的な人が多いんですよ。変態的な人というか。FRYING DUTCHMANを始めた2000年代前半はまだロック・バンドやブルース・バンドもぎょうさんおったし、あちこちでセッションが行われてました。でも、いまはロック・バンドやセッションしていたお店もほとんどなくなりましたね。オリジナル・メンバーだったベーシストの麻男がサイケ・トランスのDJもやってたので、僕らもよくサイケのイヴェントに遊びに行って、そこでライヴもしてました。サイケの流れで出会ったプロデューサー兼パーカッショニスト/ヴォーカリストの野毛乱もバンドに加わり、そういったメンバーでファースト・アルバム『I WANNA GO OUT』を録りました」。

 FRYING DUTCHMANでの活動と並行して、LEEはたびたび世界各地を放浪。国内外での奔放な活動からバンドはカルト的な支持を集めるようになっていく。そんなFRYING DUTCHMANの名を広く知らしめたのが、福島第一原子力発電所事故以降の混沌とした世情への想いをメッセージに乗せた“humanERROR”(2011年)だった。

 「あの事故から1か月後に、ぶわっと出てきた言葉をそのまま曲にしたのが“humanERROR”やったんですよ。案の定、恐ろしいほどの反響がありました。でも、あの曲は20~30分かけて本気の怒りを全開で放出するから、歌うほうは怒りを持ち続けないといけなくて、すごく負荷がかかるんです。4、5年ほど全国を回ってやり続けていたら内臓が壊れてしまって。曲の最後に愛がなければもっと早くぶっ倒れていたと思う」。

 バンドを取り巻く状況の変化など、多くの要因が重なり、2015年頃にはLEEを除いたメンバーが脱退。「一人やったらバンドもできへんし、いったん区切ろうと思っていた」という時期に、奇跡のように出会ったのが梶原徹也(ドラムス、元THE BLUE HEARTS)、鈴木栄治(ベース、Dachambo)の二人だった。

 「やめようと決意した瞬間、二人が目の前に現れたんです。救世主やな、と」。

 バンド仲間であったアコーディオン奏者のryotaroも加わり、新たなメンバーでレコーディングを始めるものの、コロナ禍で彼は脱退し、一度中断してしまう。いくつかの不慮の事態を乗り越えつつようやく形になったのが、今回リリースされる新作『カモノハシ』だ。アルバムとしては2012年の『ちんぷんかんぷん』以来、実に14年ぶり。プロデュースとミックスは「“humanERROR”の頃から可愛がってもうてるお父ちゃん的存在であり、いろんなことを教えてくれはる師匠」という久保田麻琴が手掛けている。その久保田が「(喜納昌吉&チャンプルーズの)“ハイサイおじさん”以来の大発見」と太鼓判を押すのが、アルバムの1曲目に収録された“鴨ノ橋”だ。

 「京都の通り名を数えていく“丸竹夷”という手毬唄があって、いろんな人がカヴァーしてるんです。そういった歌の伝統を継承しようと思い、僕らは鴨川に架かる橋を数える新しい手毬唄を作ろうと」。

FRYING DUTCHMAN 『カモノハシ』 FRYING DUTCHMAN(2026)

 どこか懐かしい手毬唄のメロディーとリズミカルな歌詞には、轟音ロックンロール・バンドのイメージが強いFRYING DUTCHMANの新たな姿も垣間見える。背景にあるのは、伝統的な暮らしが日々失われていく現状へのLEEの危機感だ。

 「自分が小さい頃に見ていた風景もほとんどなくなってしまったしね。でも、壊されていない景色もまだあるし、こうやって歌に残すことでそのイメージが残るやないですか。皆が歌い、その言霊の力で京都の歴史をもう1,000年先まで届けられると信じています。京都に来る人もこの歌を覚えたら地理が覚えられるし、待ち合わせにも便利やし(笑)」。

 続く“aho aho天才”は梅津和時のサックスが響き渡る豪快なロックンロール、実話を基にしたという“88ブギ”は元メンバーであり、現在はベルリンで活躍中のCota Biggbangによるスライド・ギターが炸裂するブギ。梶原と鈴木のリズム隊が図太く疾走するこの2曲では、ロックンロール・バンドとしてのFRYING DUTCHMANの魅力が発揮されている。一転、“ちんぷなうた”はLEEの歌心が溢れるバラードだ。

 「20年以上前、(京都の繁華街である)木屋町の路上でCotaと作ったバンド初期の曲。夜のざわめく歓楽街を行き交う人たちに寄せた叙情的かつロマンチックなナンバーです。古めかしいけれど名曲なので現メンバーでちゃんと音源に残したいと思い、録りました」。

 ラストを飾る“鴨ノ橋”のサイケ・リミックスも強烈な印象を残す。リミックスを手掛けたロシアのサイケ・トランスDJ、サイコフスキーとは「20年ぐらい前、インドを旅しているときに偶然出会って仲良くなり、それから、たびたび僕の歌をリミックスしてくれている」のだという。

 つまり、本作に収められた5曲は、リアルな物語とリアルな人の繋がりから生まれたものであり、日々の暮らしのなかで育まれた音だけが持つ生々しさと生命力に満ち溢れている。LEEは「参加ミュージシャンの方々はホント素晴らしくて、お陰様で最高の音源が誕生しました。この名盤をできるだけ多くの人に聴いてもらいたい」と胸を張って、こう続けた。

 「行くとこまで行きたいなと思ってます。ここから新しい展開もあると思うし、ワクワクしてますね」。

鈴木栄治の関連作を一部紹介。
左から、EIJI SUZUKI名義での2017年作『MOON CHILD』(惑/Natural Hi-Tech)、DACHAMBOの2026年作『blue dot white line』(WATER BAWL)

梶原徹也の参加作を一部紹介。
左から、EX-FIVEの2024年作『THE FIRST AND LAST...』(UKプロジェクト)、サルサガムテープの2020年作『ワンダフル世界』(nuknuk)

 

言葉とリズムで愉快に真理を突くFRYING DUTCHMANのディスコグラフィー

FRYING DUTCHMAN 『I WANNA GO OUT』 FRYING DUTCHMAN(2005)

2005年に放たれたデビュー作。5曲入りのミニ・アルバムだが、その破壊力たるや導火線に火の点いたダイナマイト。誰彼かまわずに掴みかかるような獰猛なロックンロールから、突然リリカルな旋律がこぼれ落ちる。この野蛮さと詩情が、予測不能のうねりを生み出しているのだ。2012年に久保田麻琴のリマスタリングでリイシュー。

 

FRYING DUTCHMAN 『humanERROR』 Franky(2011)

この曲でバンドの名を脳裏に刻み込んだ人は多いだろう。一切の自主規制も、遠慮も、モザイクもない。むき出しの言葉をスポークン・ワードに乗せて叩き付けていく。言葉は濁流となって押し寄せ、もはや止める術はない。現代の黙示録。そして、怒りと異議申し立てを剥き出しにした最良のプロテスト・ソングだ。

 

FRYING DUTCHMAN 『ちんぷんかんぷん』 Franky(2012)

このセカンド・アルバムではダンサブルで不埒な言葉が溢れ出すが、メッセージ性は相変わらずだ。もっとも鋭い風刺は笑いのなかにこそ存在するという、フランク・ザッパをも驚愕させかねないテーゼを振りかざした表題曲を筆頭に、言葉とリズムで世界に斬り込む。この果敢さこそがFRYING DUTCHMANの底力なのだ。

 


INFORMATION
FRYING DUTCHMANの『カモノハシ』制作や活動を支援するクラウドファンディングが実施中!

https://for-good.net/project/1003597
※クラウドファンディングは2026年9月13日(日)終了予定