1996年9月13日のリリースから30周年。玉置浩二の5枚目のオリジナルアルバム『CAFE JAPAN』は、主演ドラマ「コーチ」の主題歌としてシングルカットされた“田園”のメガヒットとともに、玉置をシンガーソングライターとしてさらなる高みへ到達させた名盤だ。今回、ソロキャリア史上最大のセールスを記録した代表作について、エディター/ライターの久保田泰平に再考してもらった。 *Mikiki編集部
30年前の夏、テレビから聞こえてきた“田園”
仕事から帰ってきて、とりあえずテレビをつけた。コンビニで買ったサラダスパゲッティを食べながら、なんとなく画面を眺めていると、それがなかなか悪くなかった。始まったばかりのドラマらしく、気がつけばその回を最後まで観てしまっていた。傾きかけた缶詰工場を、親会社から送り込まれてきたやり手の女性(浅野温子)が立て直していくという話で、そこで働く従業員のひとりを玉置浩二が演じていた。ストーリーもそれなりに面白かったけれど、それ以上に玉置浩二の演技が良かった。人間くさくて、どこかユーモラスで、見ていて飽きなかった。30年前の夏の話だ。
主題歌も玉置浩二が歌っていた。“田園”というタイトルだと知ったのは、次の週の放送のときだ。ドラマのヒットに引っ張られる形で、CDは発売と同時に大きく売れた。劇中に出てきた〈サバカレー〉の缶詰まで、便乗するようにヒット商品になったくらいだから、当時の勢いというのは大したものだったのだろう。
今ではもう、ドラマの主題歌だったという事実さえ霞んでしまうくらい、“田園”は玉置浩二の代表曲として歌い継がれている。その曲を収め、ドラマの終盤に発表されたアルバム『CAFE JAPAN』(1996年)は、ソロとして最大のセールスを記録することになる。〈大ヒットドラマの主題歌入り〉という肩書きがセールスを後押ししたのは間違いないにせよ、このアルバムの中身は、缶詰のサバカレーよりもずっと賞味期限が長かった。それは断言できる。
安全地帯という大きな船を降りて
少し時間を巻き戻してみよう。1992年の終わりに安全地帯の活動を休止させた玉置は、本格的にソロへと軸足を移していく。大きな船から降りて、身軽にはなったはずだった。だが、ひとりになればひとりになったで、そこにはまた別の重さがあったらしい。それは後年、志田歩の著書「玉置浩二★幸せになるために生まれてきたんだから」を読んで知ることになるのだけれど、当時ヒットチャートを追いかけていたリスナーの耳にも、何かしら潮目の変わるような気配は届いていたと思う。
90年代、あるいは平成という時代の変わり目そのものが、音楽の地図を描き直していた時期でもあった。それでも玉置は休むことなく音楽を作り続け、俳優としても評価を得ていく。ただ、どこかでギアを一段入れ替える必要は、本人の中にあったのだろうと思う。
そんな時期に発表されたのが、アルバム『カリント工場の煙突の上に』(1993年)だった。これは安全地帯はもちろん、それまでのソロ作とも肌触りの違う一枚で、アコースティックギター一本にドラムを添える程度といったような、驚くほど装飾を削ぎ落とした音作りが多くの曲にみられる。楽器のほとんどを玉置自身が演奏し、バンド時代とは制作のプロセスからして違っていた。作詞も自分で手がける割合が増え、幼少期の記憶やトラウマ、母への思いといった、きわめて個人的な話がモチーフになっていく。
翌1994年12月の『LOVE SONG BLUE』では、一転してロック寄りの弾けた曲が並ぶ。〈外向き〉としか言いようのないアルバムで、応援歌めいた、メッセージ性の強い曲も目立つようになった。バイタリティに満ちた一枚だ。
人生に迷った人間が吸い寄せられる〈CAFE JAPAN〉
この2枚の旨味をうまく煮詰めたのが『CAFE JAPAN』ということになる。ジャケットを見た瞬間、正直〈これは何だ〉と思わないでもない。けれど、もうそこで格好つける必要はどこにもなかった。ドラマの中で見せていた飾らない、どこかコミカルな素の演技は、すでに世間の知るところになっていたわけだから。
そもそもジャケットに登場するコスプレのキャラクターたちは、“田園”のミュージックビデオにすでに顔を出していたものだった。ギターを抱えて歌う農夫(ジャケットの中面に写っている)は、CAFE JAPANの裏手で農園を営みながら店を構えるオーナーという設定で、中華服の男は正体不明のマネージャー。CAFE JAPANという店には、人生に迷った人間が吸い寄せられるようにやってくる、という設定らしい。「オペラ座の怪人」を思わせる仮面の男は、その客のひとりなのだろう。
ブックレットの終わりのほうでは、仮面を外して晴れやかな顔を見せる玉置の写真がある。とんがり帽子を被っているのは、たぶん魔法使いだ。この一連の物語の中で中華服の男がやけに目立つのは、このアルバム制作において共同プロデューサーの須藤晃が果たした役割の大きさを、そのまま映しているのかもしれない。あくまで、たぶんだけれど。
ホールらしき場所のざわめきから始まるジャジーなバラード“ファミリー”。続くのは、賑やかなブギウギ“CAFE JAPAN”。この並びだけでも、これは前説というより──“ファミリー”が〈明日からも LOVE〉という歌詞で締めくくられることを思えば──物語のエンディングを先に見せられているような構成になっている。ザ・フーの『四重人格』(1973年)ではないけれど、ロックオペラとまでは言わずとも、ミュージカル的な佇まいがある。
続く“田園”では、CAFE JAPANに辿り着いた人々への大きなメッセージ、〈それでいいんだ〉が放たれる。ホンキートンク調の“ヘイ!ヘイ!”は、〈たまに酔っていいでしょ〉と、肩の力を抜いて寄り添ってくる。フォークソング風の“STAR”では玉置が優しく語りかけ、モータウン──というよりシュープリームス的なリズムに乗った“SPECIAL”は〈はじけて ひかり かがやけ〉と背中を押してくる。ここまでで、勝手ながら第一幕が終わったような気になる。実際そうなのだと思う。
幕が再び上がると、工事現場のノイズのようなもので始まり、玉置らしいメロウな湿り気を帯びたスワンピーなバラード“フラッグ”が続く。サイケデリックとも呼べそうな不穏なループを持つファンキーなロックナンバー“Honeybee”は、〈どうしたんだい/元気だして 一緒にいこうって〉と煽ってくる。
唱歌のように素朴で優しいメロディーのアコースティックバラード“愛を伝えて”。あの時代、あの頃を懐かしみながらも前を向く“あの時代に…”。そしてラストの“メロディー”で、聴き終える頃には不思議と穏やかな気持ちにさせられている。
ソロ作は一つの集大成へ
演奏面では、プログラミングとキーボードを安藤さと子と藤井丈司が担当している以外、ほぼすべての楽器を玉置自身がこなしている。『カリント工場の煙突の上に』で掴んだ手法をさらに押し進め、アコースティックなバラードからファンキーなロックまで、音の振れ幅を広げてみせた。ひとつの舞台を観るような感覚で聴き通せる、しっかりと感動を残すアルバムだ。
ここで得た手応えは、次作『JUNK LAND』(1997年)でさらに開花することになる。この2作をもって、安全地帯活動休止後のソロ作は一つの集大成を迎え、同時にそれは、90年代の玉置浩二のピークでもあった。玉置はその後、東京を離れて軽井沢に居を移すのだが──その続きは、また別の機会に話すことにしよう。



