平沢進の6thアルバム『SIREN(セイレーン)』が、リリースから30周年を迎えた。アメリカの音楽データベース兼レビューサイトRate Your Musicの〈史上最高の日本の音楽アルバム〉に次作『救済の技法』とともにランクインするなど、世界規模で評価されている一枚だ。そんな電子音楽における表現の幅を大きく拡張した名盤について、音楽ライターのデンシノオトに再考してもらった。 *Mikiki編集部

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平沢進 『SIREN』 TESLAKITE/コロムビア(1996)

 

インターネット黎明期にリリースされた『SIREN』

平沢進の音楽を聴いていると、平沢にとって電子音楽とは〈未来〉を表現する手段であると同時に、まだ存在していない世界の〈記憶〉を残すための装置なのではないかと思うことがある。

シンセサイザーやシーケンサーによって精密に構築されたサウンド、ロマンティックで力強いメロディ、異なる文化圏の音楽を連想させるリズム、それらがひとつの楽曲のなかで結びつくとき、聴き手の想像力を大きく広げる音楽が生まれる。そこで立ち上がるのは、現実のどこかに存在する土地の風景というより、夢や神話のなかでしか訪れることのできない場所だ。しかもその風景には不思議な郷愁が漂っている。未知の世界であるはずなのに、なぜか懐かしい。平沢進の音楽にはそんな記憶を呼び起こす力がある。

1996年8月に発表された『SIREN(セイレーン)』は、まさにそうした平沢進の音楽的な想像力がコンセプトアルバムとして結実した作品である。

まず、本作『SIREN』が発表された1996年という時代にも目を向けておきたい。前年(1995年)にはWindows 95の日本語版が発売され、個人がコンピューターを通じてインターネットに接続することへの関心が高まっていた。1996年にはYahoo! JAPANがサービスを開始し、ウェブを介して情報を探したり、離れた場所にいる人々とつながったりする環境が、少しずつ現実のものになり始めていた。ただし、当時の日本におけるインターネットの人口普及率は約3.3%ほどだったという。ネットワークは、まだ誰もが日常的に利用する社会基盤ではなく、これから到来する情報社会を象徴する技術だった。

そうした時代に発表された本作には、“On Line Malaysia”という曲がある。オンラインという言葉が現在のように日常生活に浸透する以前から、平沢はコンピューターと異文化、通信技術と遠くの世界(マレーシア)を結びつけていた。もちろん本作がインターネット社会の到来を直接描いたアルバムというわけではないのだが。

しかし情報のネットワークが地理的な制約を変えていくという期待が広がっていた時代に、音楽によって現実とは異なる世界を構築する平沢の方法論には1990年代半ばならではの同時代性が感じられる。テクノロジーは新しい音を生み出す道具であるだけでなく、それまで接点のなかった場所や文化や神話、イメージを結びつける装置でもあった。

 

タイの人魚伝説などをモチーフにしたシミュレイテッドワールドミュージック

ソロアルバムとしては6作目にあたる本作『SIREN』は、1995年の『Sim City』に続き、タイにインスパイアされた作品だ。1998年の『救済の技法』と合わせて〈BANGKOK録音3部作〉と称されている。

平沢自身が〈似非(シミュレイテッド)ワールドミュージック〉と表現したこの方向性は、異なる地域の音楽的要素を電子音楽の内部に取り込みながら、既存のジャンルには収まらない独自の世界を構築する試みでもあった。

『SIREN』では、タイの人魚伝説や神話的な存在が作品のモチーフとなり、音楽と物語を結びつけている。現地の音楽をそのまま再現するのではなく、その土地にまつわる文化的なイメージを素材として、架空の世界を作り上げる。その方法論こそが、本作を単なるワールドミュージック風の電子音楽とは異なるものにしている。

冒頭の“電光浴-1”は、〈通りでは/ネオンの灯に〉と歌う平沢の独唱で幕を開ける。メロディには深い郷愁があり、来るべき世界の予兆を強めるかのように、シンセサイザーの音が次第に重なっていく。やがて遠くからサイレンの音が聴こえてくる。その不穏な響きには、どこか戦争の記憶を呼び起こすような感触もある。

続く2曲目“サイレン Siren”もサイレンの音から始まり、ロマンティックなファンファーレを思わせる旋律が流れ出す。〈SIREN/時が止まるよ〉と歌う澄んだ声に、電子的に制御された音の運動が重なり、聴き手を作品の世界へと導いていく。

平沢の音楽において、シンセサイザーやシーケンスは、単に歌を支える伴奏ではない。音色の選択や反復の組み立てそのものが、楽曲の性格を決定している。機械的な精度を持つサウンドでありながら、旋律には明確な歌謡性があり、リズムには身体的な推進力がある。電子音楽の構造的な緻密さとポップソングとしての強度が対立することなく共存しているのだ。

3曲目“On Line Malaysia”や4曲目“Siren セイレーン”という曲名にも、本作の発想が表れている。通信技術を連想させるオンラインという言葉に、神話に由来するセイレーンという言葉。現代の情報技術と古代の物語が、同じアルバムのなかに並置されているのだ。何より楽曲としての完成度が非常に高い。特に“Siren セイレーン”のサビは絶品だ。〈キミよ 世界が胸を刺す時/叫べよ 麗しのその名〉と歌われたあと、〈セイレーン セイレーン〉という言葉と旋律が高らかに響き渡る。その圧倒的なスケール感には、神話と未来、郷愁と未知が凝縮されているように感じる。

アルバム中盤の5曲目“Nurse Cafe”、6曲目“Holy Delay”、7曲目“Gemini”では、それぞれ異なる音楽的な展開によって、作品の世界が多面的に広がっていく。個人的にとりわけ惹かれるのは“Gemini”だ。〈急いで走る夜は/機械の花園まで/心はキミに残し/命が呼び合うまま〉という歌い出しには、かつて存在した文明をAIが振り返っているような、濃厚な〈未来からのノスタルジア〉が漂っているように感じられる。SF音楽とでも呼びたくなる感覚だ。ともあれ未知の郷愁に胸を焦がされ、聴くたびに泣きそうになってしまうほど。

 

“Mermaid Song”が呼び起こす、未知の世界へ引き込まれていくような感覚

1990年代半ばは、冷戦終結後のグローバル化が進み、コンピューターネットワークが世界の距離を縮めるという期待が広がった時代でもあった。異なる地域の情報や文化が、通信技術を通じて流通していく。こうした変化を背景に置くと、『SIREN』におけるタイの文化的イメージと電子音楽の接続は、単なる異国趣味とは異なる意味を持ってくるように思える。

8曲目“Day Scanner”から9曲目“Siam Lights”へと進む後半では、アルバムを形づくる文化的なモチーフがいっそう明確になる。〈Siam〉はタイの歴史的な呼称であり、聴き手の想像力を特定の地域へと向ける手がかりでもある。ただし、平沢の目的はタイの文化を忠実に記録することではない。土地にまつわるイメージや神話、電子音楽が生み出す未来的な感覚を組み合わせ、現実には存在しない場所を構築することにある。ネットワークによって世界を結びつける技術的な想像力と、音楽によって新たな世界を作り出す創作上の想像力が、本作では見事に重なり合っている。

そして10曲目“電光浴-2”を経て、アルバムは約7分に及ぶ最終曲“Mermaid Song”へと至る。ロマン派のクラシック音楽を思わせるシンフォニックなイントロから、次第にエレクトロニックなサウンドへと移行していくこの曲は、まさに本作の終曲にふさわしい。〈花を手に人よ来て/あの声に身を投げよう〉という希望と終焉の気配を併せ持つ言葉とともに、作品は幕を閉じる(なお、リメイクアルバム『SWITCHED ON LOTUS』(2004年)においては、『SIREN』や『Sim City』の既発曲が大幅にリメイクされた。ここでは“Mermaid Song”は、一転して冒頭に配置され、アルバムの幕開けを飾っている)。

冒頭と終盤近くに“電光浴-1”と“電光浴-2”を配し、最後をエンドテーマのような“Mermaid Song”で締めくくる曲順は、アルバム全体にひとつの物語を感じさせる。とりわけ、この最後の曲が呼び起こすのは、歌声に導かれて未知の世界へと引き込まれていくような感覚だ。〈人魚〉や〈セイレーン〉は、その歌声で人間を引き寄せる神話的な存在である。そうしたモチーフを電子音楽のなかに置き換えることで、声や音が人間の知覚を変容させ、現実とは異なる世界へと聴き手を誘う。アルバムの終幕にふさわしい余韻を残しながら、その先にある別の世界への入り口をも感じさせる。

 

なぜ『SIREN』は30年後の現在も魅力的に響くのか

『SIREN』は、スタジオアルバムだけで完結していない。1996年にはタイからのゲストであるミス・エヌ(Miss N)とミス・エー(Miss Aeh)を迎えたインタラクティブライブショー〈SIREN 架空のソプラノ〉が東京・芝のメルパルクホールで開催された(「架空のソプラノ INTERACTIVE LIVE SHOW SIREN」として1997年にVHS化、2007年にDVD化され、2021年には音源のみがデジタル配信された)。

平沢が展開していたインタラクティブライブは、コンピューターや映像技術を用いるだけでなく、観客との相互作用によって舞台上の物語を進行させる試みだった。アルバムで提示された神話的なイメージは、映像や舞台、観客の参加を通じて別のカタチを与えられる。音楽を録音物として完成させるだけでなく、物語や映像、観客が参加する仕組みまで含めて作品を構想する。そこには、複数のメディアを横断する平沢の表現方法がよく表れている。

コンピューターによる音響制作が広がり、インターネットが新たな情報基盤として注目され始めた1996年に、こうした試みが実践されていたことは興味深い。ネットワークがまだ一部の人々に限られ情報社会の全体像も見えていなかった時代に、平沢は音楽とコンピューターを通じて現実の地理や時間に縛られない世界を構築しようとしていた。

『Sim City』から『SIREN』へと続く試みは、1998年の傑作『救済の技法』へと至る平沢のディスコグラフィーにおいても重要な位置を占めている。歌の持つ力、電子音楽の構造、神話や異文化のイメージ、そしてコンピューターによる世界の構築。それらをひとつの音楽的な方法論へとまとめ上げたことに、本作の意義がある。

本作が現在も魅力的に響くのは、電子音楽を未来的な音響の集合としてではなく、まだ存在しない世界を想像し、聴き手をそこへ招き入れるための技術として提示しているからだ。

平沢進の音楽には、強烈な郷愁と、まったく未知の未来が共存している。そこでは異なる文化や神話のイメージが電子音によって再構成され、現実には存在しない風景がひとつの音楽的な世界として立ち上がる。精密に組み上げられた音響の奥から、人間の記憶に触れるような旋律が浮かび上がってくる。

そう、ここにあるのはまさに平沢進によるSF音楽、あるいはサイエンスフィクションテクノポップソングなのだ。未来から届くノスタルジアがここにある。